震災からの復興

2015年07月25日

 

双葉の復興は未来への鏡

Keywords:  震災復興 

 

写真:双葉地方の未来に光を
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東日本大震災の被災者支援プロジェクト「JKSK結結プロジェクト」が、東京新聞への連載を通じて被災地復興の様子を伝える「東北復興日記」。今回は、2015年2月20日に掲載された、原発事故による被害地域での取り組みについてご紹介します。

東日本大震災以前は、福島県でも有数の桜の名所だったという富岡町の「夜ノ森」地域は、あの日のままで時計が止まり、楢葉町から富岡町に向かう車道の周りには、除染で出た土や枯れ草などを詰め込んだ大量の袋が延々と並びます。

「ここは私の高校時代の通学路でした」とガイドをする新妻英明さんは、楢葉町で育ち、富岡町の高校に通った、地域の語り部の一人です。震災後、自然エネルギーなどで新たな福島の未来を作ろうとする「いわきおてんとSUN企業組合」に就職。生まれ育った町を自らの言葉で紹介する「スタディーツアー」を担当しています。今回私は、JKSKが共催する「広野町の復興を考えるCSVマッチング見学会」に参加し、広野町から楢葉、富岡と双葉郡の町を巡りました。

楢葉町や富岡町の一部は「避難指示解除地域」となっており、楢葉町はこの春から住民が帰還する目標を掲げていますが、課題は山積しています。「汚染物質の仮置き場の隣に帰りたいと思いますか?」という新妻さんの問いに、原発がもつ根本的な問題を重く受け止めました。

一方で、隣接した広野町では、住民の3割が戻り、町を再生しようという新たな動きも。和綿を有機栽培し、収穫したコットンを商品化するという「ふくしまオーガニックコットン」事業は、いわき市から広野町まで栽培が広がっています。

町有地に出力49kWの太陽光発電所を建設し、売電収入を綿畑や防災緑地の管理費にあてる「広野コミュニティ電力」の建設場所も見ることができました。浅見川地区で造成が進む防災緑地では、植林や活用方法を考えるワークショップなどを通じ、地域内外の人の交流や雇用の場を創出しようと考えています。

同じ福島でもエリアによって課題も全く異なります。最も厳しい条件をかかえる双葉郡の復興は、日本の未来の姿を映し出す鏡のようにも感じられました。

環境ライター 箕輪弥生

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