2017年01月19日
Keywords: ニュースレター 市民社会・地域 教育 生態系・生物多様性
JFS ニュースレター No.172 (2016年12月号)
横浜自然観察の森とツグミ(左)ジョウビタキ(右)
Photo by 妖精書士, Materialscientist, Alpsdake Some Rights Reserved.
様々な環境・社会問題を解決するには、専門家だけではなく市民の協力も必要です。一般社団法人生物多様性アカデミー代表理事、東京都市大学特別教授として環境分野で活躍されている小堀洋美氏が今、市民が科学的に社会貢献できる可能性があるとして注目しているのが「市民科学」です。
JFSでは小堀氏にインタビューをして、「市民科学」とは何か、今後どのような可能性があるか、事例や課題を交えながらお話ししていただきました。今月号のニュースレターでは、「市民科学」についてお伝えします。
小堀洋美氏(撮影:JFS)
みなさん、「市民科学」という言葉をお聞きになったことがあるでしょうか。「市民科学」はアリストテレスの時代から存在し、多様な定義が用いられてきました。最近では、「市民科学」とは「市民が科学研究に関わること」との定義が国際的にも定着しました。19世紀ごろから「科学者」の存在が専門職として確立し、発展してきたことで、市民が科学に触れる機会が遠のいている時期が長く続いています。「科学」と聞いて、少し敬遠してしまう方が多いのではないでしょうか。
しかし、近年の情報技術の発展により、市民が日常的に科学に貢献できる技術的な仕組みは整いつつあります。また、様々な環境変化 ――地球温暖化、生物多様性の減少、地震や災害の影響等を把握するためには、研究者や行政による調査だけでは収集できる情報量に限界があります。広域的、長期的なデータの蓄積に基づくモニタリングが重要となりますが、GPS機能付きのスマートフォン等を使って大勢の市民が一斉に情報収集することにより、容易にビッグデータを得ることができます。
では、具体的な「市民科学」の事例にはどんなものがあるでしょうか。
コンゴ共和国の例では、文字が読めない女性が、森林での密猟や不法伐採の写真を撮影するという形でデータ収集に参加。研究者が後にこのデータを解析してマップを作成し、最終的には森林の保全管理に役立てています。このように、文字が読めなくても市民が科学に貢献できるのです。
Extreme Citizen Science, University College London ウェブサイト
欧米では、市民と科学者との情報交換がインターネットを利用して盛んに行われています。以前は、市民によるデータは精度に問題があるとして懐疑的なイメージを持たれていましたが、市民と科学者のコラボレーションが進むにつれ、米国の「市民科学」に基づく査読付き論文は年々増加し、有用性が高まっている傾向にあります。
日本の場合はどうでしょうか。日本では、古くから様々な調査が行われていました。有名なものとしては、1960~1970年代に研究者と市民との協働として初めて行われた、砂浜に産卵するウミガメの上陸個体数を調査したウミガメ調査、1974年から始まった西日本のタンポポ調査が挙げられます。
環境省は、全国に1,000カ所程度のモニタリングサイトを設置し、100年程度の長期にわたって環境の基礎情報を収集することで、自然環境の質的・量的な劣化を早期に把握することを目的としたウェブサイト「モニタリングサイト1000」を開設しています。このウェブサイトを見ると、全国から多くの市民団体が参加していることが分かります。
NPO法人生態教育センターでは、2010年度から環境省や企業・大学などと恊働して、生物多様性保全を目的とした、日本で初めての、個人宅の「庭(ベランダ、バルコニー等を含む)」を対象とした全国規模の「お庭の生きもの調査」を実施しています。
1986年からの23年間で、ヒートアイランド現象の影響もあり、横浜の平均気温は0.9℃上昇しました。これは地球全体の温暖化のペースの3倍に相当します。
東京都市大学小堀研究室では、市民、日本野鳥の会、横浜市職員が共同で作成した「『横浜自然観察の森』に飛来した鳥の観察記録」を用いて、この期間に連続して横浜市に飛来した6種の冬鳥(ツグミ、ジョウビタキ、シロハラ、アオジ、シメ、ウソ)の記録を抽出、解析しました。
その結果、この23年間で、秋に初めて姿を見る初見日は平均で9日間遅く、春に最後に見られる終見日は21日間早くなり、冬鳥の滞在期は平均で1カ月間短縮していることが明らかになりました。
小堀氏は、「滞在短縮は予想していたが、1カ月も短くなっていたのは驚きだった。身近な鳥の観察から、地球全体の環境変化が見えてくる」とコメントしています。また、同じような調査が何カ所かでされており、北海道と九州に冬に飛来する渡り鳥に同じ傾向が見られることが分かりました。このように、正確かつ充分なデータと科学者の分析力が合わされば、市民参加のプロセスを経て科学的知見を得ることができるのです。
こうした事例から分かるように、ビッグデータの収集が可能になったことで、より広範囲かつ長期的な研究が可能になります。そして、市民が学際的な科学研究に参加することにより、理解力、環境管理行動など市民の多面的な能力の向上につながります。
一方で、市民によるデータ収集・調査プロジェクトを科学的知見としてまとめあげ、「市民科学」として成り立たせることには様々な困難があります。
12世紀からの桜の記録が残っていたり、江戸時代には節季ごとの気候や動植物、着物の着方のルールなどの観察記録が存在したりするなど、日本では観察記録をつける習慣を持つ人が多く、科学的に有用性の高いデータは数多く残っていました。現在も国やNPOレベルの広範囲にわたる調査が行われています。しかし、こうした欧米諸国に劣らないデータが数多く存在するのに、うまく利用されていません。それはなぜでしょうか。
その理由としては、最終的にどのような研究成果を導くのか、計画段階で明確な目的を設定できていないことがあげられます。「市民科学」プロジェクトにおいては、知りたいことは何なのか、明確な目的をまず決めることが必要です。
次に、そのためにどんなプロジェクトを行うのか、規模や期間はどのくらいか、最終的な到達点をどこに置くのか(現状把握をするのか、仮説を検証するのかなど)、用いる方法、解析方法、成果の発表などを含めたプロジェクト全体の具体的なデザインを決めないと、科学的な成果として成立させることが難しくなります。
加えて、大量のデータを集める上でも欠かせない、多くの参加者や若者の確保、資金不足、地域だけでなく国・県レベルで生かせるような大きなグループで統合化する仕組み、市民のニーズやレベルを把握するための社会的側面の調査など、大掛かりなプロジェクトを実施する上での運営面の難しさもあります。
課題はありますが、「市民科学」が広がることで、研究、教育、社会などへの貢献に大きな期待を持つことができます。「市民科学」の今後について、小堀氏は次のように述べています。
「『市民科学』は、"科学の社会化"や社会にイノベーションをもたらす大きな可能性をもっています。科学は長い間、市民にとっては理解し難い、遠い存在でした。日本では、特に福島原発による安全神話の崩壊、科学者のデータねつ造などにより、科学離れも生じています。
一方で、情報社会の進展は、新たな『市民科学』の扉を開きました。市民が研究に貢献し、自らの教育的な学びを深め、さらに得られた成果を保全活動、社会の課題解決に活かすことができます。今後、日本でも『市民科学』が大いに進展することを期待しています」。
スタッフライター 倉原瑤子