ニュースレター

2016年01月11日

 

地域内経済循環によって人口と経済を取り戻す(前編)~田園回帰1%戦略とLM3

Keywords:  ニュースレター  お金の流れ  定常型社会  市民社会・地域 

 

JFS ニュースレター No.160 (2015年12月号)

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JFSでは、これからの私たちの幸せと地球環境の持続可能性の鍵は「地域」にあると考え、2013年4月より「地域の経済と幸せ」プロジェクトを進めてきました。幸せや地域を考えていく上で「地域の経済」の観点を欠くことはできないと考えているからです。

2015年10月26日、東京工業大学で「地域内経済循環からひらく地域の未来 ~グローバル社会における地方創生戦略~」と題した講演会が行なわれました。今月号と来月号のニュースレターでは、2回にわたり、島根県中山間地域研究センター研究統括監・藤山浩氏の講演内容をご紹介します。


循環型社会の「細胞」としての一次生活圏

まずは中山間地域研究センターを中心に進めてきた研究の成果を紹介します。このセンターは、分野を横断した研究体制を特色としており、センターの置かれている島根県だけではなく、中国地方5県の研究機関でもあります。

私たちの研究プロジェクトのテーマは、「低炭素循環自然共生の環境施策の実施による地域の経済社会への効果の評価について」というもので、3年間にわたって研究を進めていきます。

「環境共生」はよいことですが、実際には地域現場ではあまり進んでいません。その第1の原因は、「緊急性の不足」です。地域の現場では、人口の問題や所得の確保といった、非常に関心の高い重要な課題と連携していないと進まないのです。第2の原因は、「説明性の不足」です。環境共生の取り組みが実際にどれくらいの所得や人口の増加につながるか、わかりやすい効果の測定が必要なのです。3番目の原因は、「総合性の不足」です。持続可能な循環型社会の仕組み、システム全体としての姿を示さなくてはならないと考えています。

そしてこの「持続可能な循環型社会」のシステム設計にあたって、私たちが研究の基本単位にしているのは、そこに暮らす地域住民にとって身近な一次生活圏(小中学校、役場、診療所、公民館などの公共施設のサービスが及ぶ地域)です。日本の中山間地域は人口1,500人程度の一次生活圏が1万ほど連なって構成されています。この生活圏が循環型社会の「細胞」として、一次循環圏になる必要があると考えています。そのために、一次生活圏(=一次循環圏)で人口・経済・環境の問題について、三位一体で持続可能な設計を考えなくてはいけないと思っています。

人口を毎年1%ずつ取り戻す

人口については、日本全国で人口減少社会への危機感が高まっていますが、具体的な処方箋として、「毎年どのくらい定住の増加を実現すれば、地域人口の安定化が達成できるのか」を調べないといけません。私たちが開発している人口予測プログラムでは、実際にいろいろな地域の一次生活圏を対象に分析した結果、毎年、地域人口のおよそ1%にあたる分を定住増加で取り戻せば、人口も安定し、高齢化もストップし、子ども数も維持できることがわかってきました。

実は2010年頃から、島根県の中山間地域では、次世代の定住増加が目立っています。227の一次生活圏のうち、4歳以下の子どもが増えている一次生活圏は、全体の3分の1を超えています。しかも山の中や離島での増加が目立っているのです。親世代にあたる30代の女性も、この5年間に4割を越える地域で増えています。有名な海士町など、山間部や離島を中心に約5%の地域で人口の安定化を達成し始めています。

〈JFS関連記事〉
海士町における地域経済と幸せ
JFSニュースレター No. 140(2014年4月号)
http://www.japanfs.org/ja/news/archives/news_id034868.html

地域ごとの人口安定化に必要な定住増加の世帯数や人数を全部足してみると、島根県の中山間地域全域で、合わせて1,251世帯、2,920人となります。地域人口全体が29万人なので、ちょうど1%です。つまり、島根県の中産間地域では、人口100人あたり毎年1人ずつ、今までよりも定住を増やせば、地域人口の安定化が実現するということです。この2,920人というのは、東京を中心に首都圏の人口が3562万人ですから、その約1万分の1にあたります。

所得も1%取り戻す

「田園回帰1%戦略」は、人口だけではなく、その人口を支える「所得の1%取り戻し」も実現するものです。そして、その先には循環型社会をめざす社会システムの進化を展望しています。

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私たちは、地域内経済循環の強化によって、定住を支える所得増加の実現を実証していきたいと考えています。かつては、基本的な食料や燃料というのは地域内でほぼ自給していました。しかし現在では、地元調達の割合は1割もありません。これを5割まで回復させれば、人口1,620人の村で2億円近い消費額と生産額が新たに創出されるのです。

たとえば現在、全国各地で大規模な木質バイオマス発電所が姿を現しています。しかし、大規模な発電所が、地域の定住や所得、環境保全の役に立つのかについては検証が必要です。大規模プラントや高性能・高価格な機械の導入によって、投資した資金や付加価値の大部分が域外に流れてしまうことも想定されます。また大規模な伐採は、環境破壊にもつながります。

それよりは、地域住民を主役とした協働型の小規模な林業や、薪ストーブを作って売り出すほうが、それぞれの地域の実質的な所得は大きくなる可能性があります。こうしたことを調べるためには、比べるための「ものさし」が必要ですが、現状では、数百人から数千人といった地元コミュニティで使うことのできる分析ツールがありません。これまでは地域ごとに「産業連関表」を作成する方法が主流でしたが、時間やコストがかかること、また専門的すぎることから地元で使いこなすのは困難です。

よって、小さな地域でも使うことのできる新たな評価指標が求められています。しかもそれは、人口の予測とも連動し、定住実現のために必要な経済循環の改善を分析できるものでないといけません。そこで、私たちが注目したのが、英国の独立系シンクタンク New Economic Foundation(NEF)のLM3(Local Multiplier3)という地域内乗数の考え方です。3回分の取引でどれだけのお金が地域に落ちたかという視点で集計されます。

私たちはこれまで、初期投資や売上の大きさにだけ目を奪われてきました。しかし本当に重要なことは、得たお金を、域外に流出させずに、どれくらいの割合で地域内に循環させるかです。

ある地域が100万円を獲得したと仮定して、地域内循環率80%(80%が域内に留まり、20%域外に流出する場合)と地域内循環率60%(60%が域内に留まり、40%が域外に流出する場合)では、地域内循環率80%の域内需要合計が500万円であるのに対して、地域内循環率60%の域内需要合計は250万円です(図1)。つまり、域内の循環率が20%違うだけで、最終的に地域内で作り出される需要額は2倍も違うのです。

図1
図1 地域内乗数効果とは
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後編に続く)


補足説明:

(1)「地域内循環率」の効果については、JFSニュースレター No.153 「JFS『ローカル・レスポンシブル・コンシューマー』勉強会」もご覧下さい。

(2)LM3(Local Multiplier 3)とは、地域内の乗数効果を調べるためにNEFが開発したツールです。ある地域や組織で使われたお金の動きを1巡目から3巡目まで計測することによって求めるので、LM3と名付けられています。

図2は英国のある地域のB&B(宿泊施設)のお金の動きを調べた結果ですが、3巡目までで全体の85%をカバーしていることがわかります。

図2
図2 LM3(Local Multiplier 3)
JFS 作成

このB&Bのある年の収益は100,000ポンドです。この100,000ポンドが1巡目の値です。そして100,000ポンドのうち、約76,000ポンドが地域の中で使われています(例えば、その地域の従業員に50,000ポンド、地域内での食材や資材購入に26,000ポンド支払われるなど)。これが2巡目の値です。そして3巡目は、2巡目の76,000ポンドのうち、地域内で使われた金額になります。この例の場合は約44,000ポンドです。

LM3は「3巡目までの金額の合計÷1巡目の収益」という式で計算されます。この例の場合は、(100,000+76,000+44,000)÷100,000=2.2なので、LM3は2.2です。これは1ポンド受け取ることにより、2.2ポンド分の貢献を地域経済にもたらすことを意味します。LM3の数値が大きいほど、地域にとっての経済効果が大きくなります。

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(編集:新津尚子・枝廣淳子)

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