ニュースレター

2015年07月20日

 

「経済成長」にも「陰」「陽」のバランスを

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JFS ニュースレター No.154 (2015年6月号)

写真:田口佳史さん
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JFSのパートナー組織である幸せ経済社会研究所では、「経済成長について100人に聞く」プロジェクトを行っています。東洋思想では「経済成長」をどのように考えるのでしょうか? 老荘思想研究者で一般社団法人「東洋と西洋の知の融合研究所」理事長、田口佳史さんにうかがいました。

枝廣:経済成長について、どのようにお考えでしょうか?

田口:経済だけが拡大するという発想がものすごく気になります。東洋思想の根幹に「陰陽論」というのがあります。「陰があれば必ず陽がある」。つまり、一輪車ではなくて二輪車だから安定感があるのです。

そういう意味で、「経済成長」と聞いた瞬間に危うさを感じるのは、「一輪車」だからです。「経済、経済」とそればかりやっていて、陰陽になっていない。陰陽論では、拡大・発展が「陽」で、充実・革新が「陰」です。「経済成長」は、拡大発展ですから、「陽」ですね。

では、「陰」に当たるものは何でしょうか。それは、人格・教養の部分。「どういう心を前提として経済成長はあるべきか」という論議が必要なのです。心の満足がついていない経済成長では、糸の切れたタコのようにどんどん行ってしまい、翻弄されるばかりです。

また、経済にくっついている資本主義は、金銭・物質が中心です。金銭・物質を「陽」とすれば、「陰」は人格・教養。金銭・物質も重要ですが、それを上回る重要性をもっているのが、道理や道義、人道、人間のあり方などです。今のように、人格・教養が問われない経済成長、経済社会のあり方は、恐ろしい自己破壊の方向へ走っていると思えてなりません。

さらに、「成長」とは何かが拡大していくことですが、「欲望の拡大」と言い換えることができるでしょう。

儒家の思想でも老荘思想でも、「欲望」を否定していません。仏教は禁欲的で、欲を否定している部分もありますが、儒家や老荘思想では否定していない。「欲」にも良いところがあるからです。

たとえば、「意欲」。改善する、危険な状態をより良くする、人間にとっての不便を便利にするなどはすべて意欲ですから、いいことです。でも、そこも「陰陽」です。つまり、欲望を認めれば認めるほど、倫理道徳などをしっかりさせていかなければならないのです。

私はよく、「欲望がアクセルだとすれば、今はアクセルだけの自動車に乗っているような社会ですよ」と言います。ブレーキは理性、つまり精神や意識です。そちらも等分に重視して、協調してやっていかなければ、ブレーキのない自動車でどこまで突っ走るかわからないという状態になってしまいます。

バランス、調和ですね。経済あるいは資本主義、マーケット至上主義など、こちら側にあるものと、人間性や、本当の意味での人間の心の満足の問題など、そちら側のものをうまくバランスをとっていくこと。「経済」と「文化」という両輪がうまくバランスをとって回っていくということです。

枝廣:なぜ今、バランスを失って、世界中が片方だけに行ってしまっているのでしょう?

田口:安易だからです。「自分を律する」ことや「克己」はしんどいことなのです。本当は、「立派な人間になる」ことが一番の幸せなのですが、そのための修練などは当然少々の苦痛を伴います。国家の運営者も、痛みを伴うことを「どうかやってくれないか」とは言わない。ラクに何かが得られるということしか言わないから、そうなってしまったのです。

枝廣:今の「立派な人間になる」という言葉すら、あまり聞かなくなったなあと思いました。「金持ちになる」という言葉はあちこちで聞くし、そのための本やセミナーもたくさんありますけど。「立派な人間になる」ための本などもあるのでしょうけど、一般的にはあまり聞かないように思います。

田口:それが古典なのです。古典を読むのはなぜ重要なのか。なぜ私も繰り返し古典の講義をしているか。それは、今の社会でガサッと欠けている部分だからです。あまりにも金銭物質至上主義の社会の力のほうが強いから、調和がとれない。

企業社会でも、「最短距離で利益が得られる方法」など、なるべく手間をかけずに収益が得られる方法が経営のスキルだ、となっています。しかし、そればかりやっていると、儒家思想でいう「禽獣に等し」です。孟子の言葉に「飽食暖衣、逸居して教無くんば、禽獣に近し」というのがありますが、これになっているのです。

これは重大事です。この社会を人間社会として存続させるというのが、私の一大テーマなのです。「人間とは何か」「人間は何を大切にすべきか」を考えなくてはなりません。さらに言えば、金銭・物質では幸せにならないということです。幸せはどこにあるかというと、自分が立派な人間になるかどうかなのです。幸せは自分でつくるもので、人から与えられるものじゃない。だから自分が立派な人間になることなのです。

「立派な人間になるとどうして幸せになるのですか?」と思うかもしれませんね。どこへ行っても、「よく来ていただいた。こんな立派な人間に来ていただいて、ありがたい」とみんなが言ってくれる人間になるか、それとも、どこへ行っても「あんな嫌なやつはいない」と歓迎されず、「来ないでくれ」と言われる人間になるか。

それによって、日常の生活自体が愉快になるか、不愉快になるかが決まるでしょう。そう言うと、みんな「そうですね。金や社会的ポジションでは幸せはないのですね」と言います。だから、立派な人間になるんだよ、幸せになる方法はそれしかないんだよ、と教えています。

枝廣:お金が多いとか少ないとか、どんどんお給料が上がるとかは、関係ないのですよね。

田口:アウトサイドのものは何ひとつ、幸せの決定的な材料にはならないのです。インサイドの「自分の心がどう思うか」です。自分の心がどのように満足を感じるか、感謝を感じるかが基本です。ところが今は、陰陽で言えば、あまりにも「アウトサイド、アウトサイド」となっています。

しかし、「アウトサイドは駄目だ」と言っているわけではありません。私にだって欲はあるし、金もある程度は欲しいと思っている。うまい酒も飲みたいし。

バランスが重要だということです。欲望に歯止めがかかるか、つまり「ブレーキを持っているかどうか」が幸せのポイントです。ブレーキを外した瞬間に、警察の厄介になったりするという不愉快なことになりますが、ブレーキを持っているかぎりは、自己の中で済ませることができるから、大事になりません。それが「七十にして欲に従えども矩を越えず」という、『論語』の有名な言葉にもなりますし、私の座右の銘の「足るを知る者は富む」にもなります。

枝廣:経済成長の話に戻りますが、さきほどおっしゃったように、「恐ろしい自己破壊の方向へ走っている」現状のこの先を考えると、3つの可能性があると思っているのですが、先生はどういうふうにご覧になっているでしょうか。

1つは、人間は安易なほうに流れるものなので、人格・教養も忘れ、一度失うと取り戻すことが難しくなり、どんどん悪い方向に行って、人間らしさも人間性も失っていってしまうという最悪のパターンですね。

2つめは、陰陽論的には、陽に振れれば必ず陰に戻ってくる。なので、今「経済成長、経済成長」と言っているけど、天の采配で陰に戻る時期が来て、またバランスがとれる。

3つめは、「経済成長、経済成長」か、「人格・教養が大事」かとどちらかに振れるのではなく、両方を合わせて何かが生まれるような時代が来るのか。

田口:それです!僕はこの世で何をしなければいけないかというと、何と言ったって、今言った「陰陽のバランスをとる」ということなのです。現在をより良くするために、まったく抜け落ちている片方を付け足してあげることをまずやらなきゃいけない。

その次は、古い言葉で言えば「アウフヘーベン」ですね。その矛盾を乗り越えるということがすごく重要で、そこに人間が本当に求めなければいけないテーマがあるわけです。

だから、経済成長がテーマじゃない。「経済成長」と「文化・人格・教養」、「金銭・物質」と「人格・教養」というような矛盾があって、「どっちを取るの?」というのではない。両方取るんだよ、ということです。両方取るにはどうしたらいいか。裏側をちゃんと見ると、両方が望んでいる共通していることがあるのです。

西田幾多郎が言っている「絶対矛盾的自己同一」ですね。絶対的矛盾は、同一するものがすごく多いということ。「結局同じことを言っているんだ」というところへ行かないといけないのです。

それはどこにあるのか? 「本当の満足、人間の心の満足を引っ張り出すような経済成長」です。産業のあり方でいえば、「心の満足のための産業」というものがもっと隆盛になっていくということです。

枝廣:どういう産業なのでしょうか?

田口:私は「機会産業」だと思っています。Opportunityです。人間の人生というのは、チャンスにあふれています。ところが、チャンスにあふれていないと思っている人が多い。「チャンスにあふれているよ、こんなチャンスもある、あんなチャンスもある」と、チャンスをたくさんつくってくれるような産業、チャンスと出会わせてくれるような産業ですね。生まれた瞬間から死んだ後くらいまで、全部チャンスだと考えると、嫌になるほど産業化したほうがいいものがたくさん出てきますよね。

枝廣:とても興味深いお話をたくさん聞かせていただき、ありがとうございました。

写真:田口佳史さん
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(編集:枝廣淳子)

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