ニュースレター

2016年09月11日

 

地域経済循環分析による地域づくり ~ 水俣市の事例

Keywords:  ニュースレター  お金の流れ  市民社会・地域 

 

JFS ニュースレター No.168 (2016年8月号)

写真
肥薩おれんじ鉄道「おれんじ食堂」
風景を楽しみながら、沿線の食材を使った料理を堪能する観光列車
Photo by Norio NAKAYAMA Some Rights Reserved.

地域経済をいかに持続可能なものにするかは、地域に住んでいる人々の持続可能性と幸福・レジリエンスにとって大きな鍵を握っています。環境省では、こういった観点から地域が自分たちの地域経済を分析できるツールを開発しました。水俣市の事例とともに、平成27年版環境白書より、紹介しましょう。


地域経済の縮小を克服する

日本では、地域に住む人々が、自らの地域の未来に希望を持ち、個性豊かで潤いのある生活を送ることができる地域社会を形成することを目指す「地方創生」を推進しています。中でも、地域経済縮小の克服は、地方創生の中心施策の一つになっています。地方圏の経済縮小に歯止めをかけ、多様で魅力ある地域づくりを進めていくことは、地方圏にとって重要なだけではなく、日本全体が中長期的に豊かさを享受していく上で必要不可欠と言えます。ここでは、温室効果ガス排出の構造等から地域の強みや課題を発見し、地域資源を活用した地域経済活性化を目指す「地域経済循環分析」を紹介します。

図:地域経済循環のイメージ
地域経済循環のイメージ (クリックで拡大表示します)
出典:環境省

本分析の大きな特徴は、地域内・地域間の資金の流れを明らかにする上で、生産だけでなく、分配、支出(消費、投資、域際収支)にまで視野を広げ、地域経済の循環に問題がないかを明らかにすることです。生産・分配・消費・投資・域際収支の各面において、域外へ流出している資金を突き止め、地域経済循環における課題を抽出することができます。さらに、域外の資金を獲得できる産業とその規模、最終消費財の生産に必要な、部品や原材料などの中間投入の域内調達の割合などが分かることで、地域経済循環の強みが定量的に明らかになります。

地域経済で循環する資金を拡大するには、持続可能な範囲で地域資源を利活用することで、域外の資金をより多く獲得するとともに、地域からの資金流出を低減させることが必要です。域外の資金獲得に当たっては、地域資源の活用により、他製品・サービスとの差別化や、地域に根付いた事業の創出を図ることが重要です。さらに、こうした域外の需要を取り込むよう事業を創出することは、域内の需要喚起にもつながる可能性があると考えられます。

分析方法

本分析では地域の経済活動を生産・分配・消費・投資・域際収支(地域の総収入と総支出の差)の大きく五つの視点に分けて分析します。こうした視点で地域経済の循環を分析する上では、様々な統計が必要になりますが、最も重要なのが地域内外の財・サービスの流れを詳細に把握した市民経済計算及び市町村単位の産業連関表となります。さらに既存の統計のみで把握できない場合は、ヒアリングやアンケートを実施して補完することが必要となります。

表:地域経済循環分析の視点と指標一覧
地域経済循環分析の視点と指標一覧 (クリックで拡大表示します)
出典:環境省

地域経済循環分析による課題の抽出 ― 水俣市の事例

熊本県水俣市は、環境問題への取組に一定の成果を上げてきましたが、人口減少、高齢化等が進展する中で、地域経済は疲弊し、環境への取組で経済を再生することが課題となっていました。そのため、県民経済計算や、市内全事業所を対象としたアンケート調査等を活用して、水俣市産業連関表を始めとした各種の統計を作成しました。これを活用して本分析を行ったところ、以下の分析結果及び課題が抽出されました。

図:水俣市における地域経済循環の概要
水俣市における地域経済循環の概要 (クリックで拡大表示します)
出典:環境省

[視点1]生産:地域の中で強みのある産業は何か

水俣市において域外から資金を獲得できる産業は、化学メーカーを始めとした製造業と医療・福祉産業(二次医療圏の中心)でした。平成22年度の市内生産額2123億円のうち、市内の中核企業グループ(以下「A社」という)の生産額が約576億円(約27%)、次いで医療・保健・社会保障・介護の部門が257億円(約12%)となっており、付加価値額はA社が248億円(約23%)、医療・福祉が143.9億円(約15%)を占めていました。我が国の平成22年の国内総生産(以下「GDP」という。)全体に占める製造業の割合が19.6%であることを鑑みると、A社の水俣市に占める付加価値額の割合は、相当程度大きいと言えます。

[視点5]の域際収支の観点も併せて見ると、水俣市外で稼いでいる産業もこれと同様、A社が536億円と最も多く、次いで医療が100億円でした。このほか、電気機械、パルプ・紙・木製品、電子部品などその他製造業にも、競争力を有した企業が存在しており、それぞれ45~57億円を市外で稼いでいました。一方、A社は設備投資において市内企業と取引があるものの、原材料のほぼ100%を市外から調達しており、同社の生産活動の拡大は、既存設備の範囲内で行われている限り、市内への経済波及効果が限定的であるということが判明しました。

[視点2]分配:地域の企業が得た所得が、地域住民の所得になっているか

労働所得については、平成22年度の域内総所得1088億円のうち、600億円(約55%)を占めており、そのうち医療・介護関連が107.4億円、A社は106.7億円となっていました。市民の感覚からは、A社の割合が予想したよりも低いと感じられたところ、その背景として、A社の従業員数が、業態転換等に伴いピーク時の約5分の1まで減少しており、それに伴って市全体の労働所得の割合も低下してきたと考えられます。

[視点3]消費:地域住民の所得が域内で消費されているか

人の移動に関するデータから、水俣市の住民の私用目的(買い物等)の外出先を見ると、休日には約半数の人が市外に買い物に行っていることが分かりました。また、平成9年~19年の10年間で、市内の小売業販売額は、約50億円減少する一方で、近隣市のロードサイド店集積地では、同期間の小売業販売額が約85億円増加していたことから、市内の所得が市外の消費へ流出していると考えられます。

[視点4]投資:地域住民の貯蓄が域内で再投資されているか

水俣市内の金融機関に預けられた1000億円以上の貯蓄のうち、市内へ再投資されているのは僅か2~3割にとどまり、残りは国債の購入や市外への貸出に充てられていました。その背景には、金融機関の融資姿勢と企業の設備投資意欲の乏しさの両面があると考えられます。水俣市はA社のいわゆる企業城下町ですが、A社と高い技術を有する下請け企業との縦の取引関係はあるものの、それら企業の横の連携が進んでおらず、新しいビジネスが生まれにくい状況にあることが分かりました。

[視点5]域際収支:域外へ資金が流出していないか

[視点1]のとおり、製造業や医療が域外の資金を稼いでいる一方で、サービス業や商業などは、市内の需要を賄いきれず、資金が市外に流出していました。一般的に、対事業所サービスや不動産、情報通信、電力・ガス・熱供給、商業は、どの産業にとっても必要な業種であり、水俣市では、全産業の需要に占める対事業所サービスの割合が大きいものの、水俣市の企業の多くが市外の対事業所サービスを利用していたため、同産業の純移輸出額がマイナスとなっていました。また、電力・ガス等、石油・石炭製品(ガソリン等)といったエネルギー代金の支払いによって、地域内総生産の約8%に相当する約86億円が、地域外に流出していました。

地域経済循環分析を活用した俣市の「環境まちづくり」の取り組み

水俣市では、本分析を活用して「環境まちづくり」による地域活性化の在り方について市民、専門家を交えて議論され、地域の経済循環を拡大するための具体的なプロジェクトが進められています。その一部を紹介します。

域内外の消費・需要を喚起する産業育成策として「公共交通機関を活用した低炭素型観光の推進」を行いました。風景を楽しみながら、沿線の食材を使った料理を堪能する観光列車を運行。低炭素型の旅行商品を開発するほか、環境に配慮し「心豊かな公共空間」をコンセプトとした空間を持つ施設を整備するなどして、観光収入の増加に一定の成果が現れています。

エネルギー代金の流出に対しては、市民参加の円卓会議で再生可能エネルギープロジェクトが提案されました。太陽光発電事業とバイオマス発電事業の計画が進められ、特にバイオマス発電事業については、地元の林業関係及び発電所の運転等に関連する雇用創出が期待されています。市外に再生可能エネルギーを販売する可能性もあります。

また、市内への再投資を増やすため、環境投資の活性化を通じた融資の仕組みを検討。市内中小企業が行う環境投資に係る融資について、水俣市が3年分の利子と、信用保証協会に対する保証料への全額補助を行う制度を構築しました。その結果、高効率な照明や空調の導入、リサイクル関連設備や再生可能エネルギー設備導入等への融資額が増加しています。

〈参考〉
平成27年版環境白書
 第1部 総合的な施策等に関する報告
 第3章 地域経済・社会的課題の解決に資する持続可能な地域づくり
 https://www.env.go.jp/policy/hakusyo/h27/pdf/1_3.pdf

(編集:枝廣淳子)

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