ニュースレター

2015年02月07日

 

日本の主観的幸福度と労働市場の特殊性

Keywords:  ニュースレター  幸せ 

 

JFS ニュースレター No.149 (2015年1月号)

写真:イメージ画像
イメージ画像: Photo by ヤッホー

東京都市大学の大守隆教授の論文「幸福度からみる日本の特殊性-男女、正規・非正規、デフレ-」(2014年5月、計画行政第37巻2号)は、日本の主観的幸福度の特徴、その原因としての労働市場の特殊性に関する興味深い論考となっています。その分析から抜粋してお届けします。

====

所得水準の割に幸福度が低い

日本の幸福度は所得水準の割に低い。World Happiness Report 2013(WHR)の主観的幸福度のランキングでは日本は156カ国中43位だった。

このレポートでは、主観的幸福度を説明する要因として、1.一人当たりGDPを対数変換したもの、2.社会的サポート(困ったときに頼りになる人の有無)、3.平均寿命、4.選択の自由、5.寛容度(所得水準調整後の寄付性向)、6.腐敗度を挙げて計量分析を行っている。

日本は、どの要因も特に劣っておらず、逆に平均寿命は世界一の水準にある。このことは日本には何か特殊な要因があって、幸福度を押し下げていることを示唆している。どのような特殊要因がありうるのか。

中庸を好む国民性や宗教の差

日本人は一般に極端な選択肢を避けて答える傾向があることが知られている。また、「栄華は移ろう」との意識が強く、現状が良くても素直に喜ばないことも考えられる。宗教の差も影響を与えている可能性もある。

日本人は不安感が強い

日本人の不安感は主要国の中で最高水準で、これは東日本大震災の前からみられるという調査結果がある。個人的なものより、政権のリーダーシップ、景気動向、財政赤字などについての不安が強いが、国際的にみて不安度と幸福度に負の相関があるわけではない。近年、日本では不安遺伝子を持つ人の比率が高いことが明らかになったとのことであるが、これが「不安を感じ思い煩う」ことを意味していれば、日本の特殊性の要因となろう。

次に、内闇府の国民生活選好度調査による幸福度と国民生活に関する世論調査による生活満足度をみてみる。

日本の分布は二山型

日本の幸福度指標の分布には二つの山がある。これは2011年までの国民生活選好度調査で主観的幸福度を11段階に分けて聞いていた際に、ほぼ毎回見られた現象で、「非常に幸福」(10)から二つ三つ下のランク(7または8)に山が一つあるが、「どちらともいえない」(5)にもそれと同じまたはやや高い山が認められ、この傾向は各年齢層で認められる。海外ではこうした傾向はほとんど見られないため、中央の山のグループの特性の解明が課題となろう。

ジェンダー・ギャップと幸福度

日本では女性の社会進出が遅れており、世界経済フォーラム(WEF)の2013年のGlobal Gender Gap Index(GGGI)でも105位という水準にある。このことが女性の幸福度を押し下げ、日本の幸福度が低いことの一つの理由となっていると思われる。

ジェンダー・ギャップ指数(社会進出における男女格差の指標)と主観的幸福度の間には統計的に有意な相関が認められる。その解釈としては、1)女性の不満による直接的な影響、2)女性を活用できない社会は歪みを抱えており、それが男性も含めて幸福度を抑制している、3)女性の能力を活用している社会は所得も高い、4)所得の高い先進国が概して男女差別が少ない、などが考えられる。

所得を通じた影響である3)と4)を除去するため、所得でジェンダー・ギャップ指数を説明した残差と、所得で幸福度を説明した残差との相関を調べてみると、やはり有意であり、1)や2)が成立していることを示唆している。1)と2)を区別するために、幸福度の男女差に注目してみる。

男性の幸福度が女性より低い

男女の主観的幸福度のどちらが高いかは国によって異なる。World Value surveyなどの各種調査で目本では一貫して女性の方が主観的幸福度が高く、その程度は、米国や英国よりも大きいという研究がある。日本のジェンダー・ギャップが大きいことに鑑みればこのことは一見意外である。

そこで、幸福度の男女差とジェンダー・ギャップ指標との関係を調べてみると、相関は無いことがわかった。すなわち「男性優位社会だからといつて男性が女性より幸せとは限らない」のである。このことは、1)よりも2)の解釈が妥当であることを示唆している。また、日本の男性の幸福度が国際的な「相場」以上に大きく抑制されている可能性を示している。

「男はつらい」背景

日本では、男性に世帯の支え手としての期待がかかる一方で、労働市場の流動性が低い。首尾よく正社員になれても、その会社を辞めてしまうと再就職は容易ではないので、長時間の残業に耐え、上司の無理な要求にも従わなければならない。一方、非正規の仕事につくと、賃金が低い上に、雇用の長期保証はなく、賃金の長期的上昇や技能の向上は望みにくい。このため、結婚もままならない状況が生じている。

女性も、こうした男性の状況の影響を受けている。正社員の夫を持つ主婦も、夫のワークライフバランスが会社に偏っているので、子育てと家事に加え夫の両親の介護等の負担を過大に抱えることになり、仕事を持ちにくいし、持っても会社人間にはなれず出世も男性より遅れる。能力があって視野が広くても、会社は減私奉公してきた男性を優先するからである。一方で、将来を託せる男性をみつけることができない女性が増えており、生涯未婚率が急速に上昇している。社会のこうした歪みが男女の幸福度を押し下げていると考えられる。

二つの国際機関の勧告

こうした問題は世界共通に起きているわけではなく、二つの国際機関が長年にわたり、日本の労働市場は異常であるとして改善を呼びかけている。

第1はILO(国際労働機構)である。日本はILOが定める中核的労働基準の一つである111号「雇用及び職業についての差別待遇に関する条約」を批准していない数少ない国の一つで、同じ仕事をしていても、雇用形態によって賃金に大きな差がつく状態が残っている。

第2はOECD(経済協力開発機構)で、日本の正規雇用と非正規雇用の保護の差が大きすぎると指摘してきた。日本の保護水準を加盟国平均と比較すると、正規についてはわずかに低い程度で、非正規雇用についてはかなり低い。OECDが問題にしているのは両者の差が大きいことであり、これを縮めるために正規雇用の保護の削減にも踏み込むべきであると繰り返し勧告してきた。これに対して日本政府は、正規雇用の保護を維持しつつ、非正規雇用の保護も高めていくとの姿勢を崩していない。

出口が入口を規定する

日本では正社員の解雇についてはいわゆる解雇四条件(1.人員整理の必要性、2.解雇回避努力義務の履行、3.被解雇者選定の合理性、4.解雇手続の妥当性)という高いハードルがあることなどから、一度雇った正規社員を解雇することは極めて困難であるため、企業は賃金の安い非正規雇用を多用することになる。出口を厳しくすることで、入口も狭くなっているのだ。こうしたことから、一度職を失うと、能力があっても正社員の仕事が見つけにくい。

根源にある日本の間題

こうした状況のため「会社が潰れたり、解雇されても、真面目に働く限り能力相応の収入が期待できるような安心感のある労働市場」はまだ実現していない。

正規・非正規雇用間の賃金格差が大きいことは、産業技術の方向やデフレにも影響を及ぼしている。日本企業は海外企業に比べ、 新製品の開発によって新しい需要を創り出すよりも、低賃金の非正規社員でも操作できる自動化機械に正規雇用を置き換える価格競争を重視し、これがデフレの一因となってきた。働く立場からみると、苦労して熟練技能を身に着けても自動化によって陳腐化してしまうリスクが高まってきた。

日本では長寿化が進んでいる上に高齢者の勤労意欲が高いので労働寿命が伸びているが、一方で、様々な熟練技能が自動化技術によって置き換えられ、「技能寿命」が短縮化している。このため、技能の陳腐化が一世代内で起きる可能性が現実のものとなり、若者にとって何を学べば一生食べていけるかが昔に比べ不透明になっている。

幸福度の増進に向けて

日本の主観的幸福度を抑制している理由の中には、国民性などの要因もあるが、日本の労働市場の特殊性があると考えられる。そしてそのことが日本経済の長期停滞の要因にもなっている。キャッチ・アップ型成長の終焉や経済活動の国際化のために「企業が雇用を保障できる時代」は終わっているのに、「労働市場全体で雇用を保障する体制」への転換ができていないことが、様々な問題を引き起こしている。

こうした状況を打開するためには、中期的な計画の下に正規雇用の保護削減に乗り出すことが重要と思われる。既得権のはく奪という側面もあり、また企業が余剩人員を抱えた状況でこれを実施すると、短期的には失業が増加するので過渡的な措置も含め十分な準備が必要であろう。

その後時間がたつにつれて、実力にみあった仕事が見つけやすくなり、人材も育成され、起業も増え、個人と会社の関係も適正化され、受験偏重の教育も修正される。こうしたことを通じて、男女ともに幸福度が増進することが期待できよう。

東京都市大学 環境学部・環境情報学部 教授 大守隆
(編集:枝廣淳子)

English  

 


 

このページの先頭へ