ニュースレター

2013年09月24日

 

持続可能な幸せ社会を目指す荒川区の取り組み ~「荒川区民総幸福度(GAH)」とは~

Keywords:  ニュースレター  地方自治体  幸せ 

 

JFS ニュースレター No.132 (2013年8月号)


現代社会で、わたしたちにとっての「本当の幸せとは?」「真の豊かさとは?」ということを、改めて考える機会が増えています。これまでのGDPという経済規模をはかる指標だけが重要なのではないということに多くの人が気づき始めているからです。そのため「真に幸せで持続可能な社会を目指すために」という視点から、国内外で幸福度指標などを作る動きが盛んになってきています。

2013年に「地域の経済と幸せ」プロジェクトを立ち上げたJFSでは、同年4月から自治体の幸福度指標、豊かさ指標を有意義なものとするための枠組み作りに取り組んでいます。6月24日にはオープンセミナーとして、幸福度について先進的な取り組みをしている東京都荒川区の事例について学ぶ「荒川区民総幸福度(GAH=Gross Arakawa Happiness)の考え方とは」を行いました。

荒川区は、東京都の北東部に位置し、隅田川の自然に恵まれた人口約20万人の区です。2006年から区民の幸せについての指標を示す「荒川区民総幸福度(GAH)」のプロジェクトがスタートしました。GAHの導入経緯と今後の展開について、セミナーでの講演者、公益財団法人荒川区自治総合研究所の二神恭一所長、長田七美副所長の話を通して考えてみたいと思います。


区民の幸福を高めるためのGAHを導入

荒川区自治総合研究所は、区政の重要課題について調査研究を行うシンクタンクとして、2009年に設立された、日本の基礎自治体では珍しい独立した組織のシンクタンクです。二神さんは「幸せの感じ方は人それぞれで、行政がどれだけそこに介入できるかということは難しい課題です。しかし、区民が何に幸せを感じ、何を不幸と感じるかが分かれば、地域の課題解決に向けた方法を検討することができます」と、区のプロジェクトチームや学識者とともに指標づくりに関わってきました。

GAHの導入を提唱したのは、荒川区の西川太一郎区長です。2004年に区長に就任したとき、基礎自治体の長の責任として「区民の幸福を高めていく」ことが、目指すべき究極の目標だと考えました。そこで掲げたのが、「区政は区民を幸せにするシステムである」というドメイン(事業領域)です。

その後さまざまな施策に取り組み、区民の幸せついて考えているときに、ちょうど出合ったのが、ブータンのGNH(Gross National Happiness)について書かれた本でした。経済発展が必ずしも豊かさにはつながらないと考えたブータン国王の発想は、国の力や進歩を「幸福で測る」というもの。西川区長はこの考えに感銘を受け、同時に東京大学名誉教授の月尾嘉男さんの「万人共通の幸福はないのだから、幸福だと感じていない人を一人でも減らしていくことが重要ではないか」という助言もあり、GAHの提唱に至ったのです。

2006年には「区政世論調査」の中に「幸福度調査」を取り入れ、その翌年には、荒川区が基本構想を策定し、目指すべき将来像「幸福実感都市あらかわ」を掲げました。


GAHの指標と幸福度調査

「荒川区基本構想」では、生涯健康都市、子育て教育都市、産業革新都市、環境先進都市、文化創造都市、安全安心都市という6つの都市像を挙げています。GAHでは、この6つの分野を元に指標を設けました。

・6つの都市像とGAH指標の関係性
 生涯健康都市  ←→ 健康・福祉指標
 子育て教育都市 ←→ 子育て・教育指標
 産業革新都市  ←→ 産業指標
 環境先進都市  ←→ 環境指標
 文化創造都市  ←→ 文化指標
 安全安心都市  ←→ 安全・安心指標

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6つの都市像と荒川区民総幸福度(GAH)指標の関係性
出典:荒川区民総幸福度(GAH)に関する研究プロジェクト第二次中間報告書


「健康・福祉」では、体と心の健康、医療や福祉の環境を指標とし、自分が「健康だ」と実感できることで、幸福度が一層高まると考えられます。「子育て・教育」では、家族関係、子どもが社会で生きていく上で必要な能力を身につけていること、子育て・教育環境が整っていることが幸せにつながっていくとしています。

「産業」では、収入の安定した仕事があり、仕事と私生活とのバランスが取れていること、地域経済に活気があることなどを、指標としています。「環境」は、交通の便がいいなどの利便性、まちなみが良いなどの快適性、節電やごみを減らすなど地球環境に配慮した生活を挙げています。

「文化」では、余暇活動が充実し、満足していること、荒川区の文化に愛着を持つことなどで精神的な豊かさを感じることを挙げています。「安全・安心」は、犯罪への不安がないこと、交通事故の危険がないこと、災害への備えができていることを指標としています。

区が継続的に実施している世論調査では、2006年度からGAHに関する調査を始めました。調査は荒川区在住の20歳以上の個人を対象として、1,000~1,500標本を無作為に抽出し、暮らし、安心・安全、地域とのつながり、生きがい、幸福度の5つのテーマを柱として質問を行いました。

幸福度に関する調査では、「あなたは幸せだと思いますか」という質問に対して、2006年度には「大いに思う」が23.1%、「やや思う」が44.9%で、合わせて68.0%。2007年度には、「大いに思う」と「やや思う」を足して72.6%、2008年度には同じく76.0%、2009年度には73.3%と高い水準で推移しています。

「幸福な生活に必要なこと」の質問に対しては、毎年「健康」が80%台半ば~90%台と一番高く、次に続くのが「家族との関係」が50%~60%台、以下、住まいがあること、生活に余裕があることなどと続きます。また、地震などの災害については、不安に思うという割合が多くなっていました。

調査内容は毎年少しずつ改善を重ね、2008年度からは自由記述欄を設け、2009年度からは新たに「子どもの幸福度」をテーマに加えています。


GAHを広めていくために

区では、このようにGAHの指標を活用した幸福度調査によって、区民がどんなことに幸せを感じ、またどのような部分に不幸や不安を感じているかを把握し、政策の改善、実施に結びつけていくことを目標としています。そして、この取り組みを区民に知ってもらい、区民の理解、さらに区民の参加を得るための運動を、実際に起こしていくことが重要だとしています。

長田さんは、GAHの向上につながる活動事例として、町会・自治会単位での防災訓練、環境美化、資源回収や、シルバー人材センターの人が、小学校や保育園周辺で子どもたちの見守りをすることなどを挙げました。また、乳幼児を抱える保護者たちが集まれる「子育て喫茶汐たま」があり、育児不安や孤立を解消できる場所として人気があるそうです。

今後は、GAHについてより多くの区民に知ってもらうような活動が必要ですが、その一環として、2013年5月にはGAH推進リーダー会議が設置されました。会議では、健康・福祉、子育て・教育、産業、環境、文化、安全・安心などそれぞれの分野で活動する人たちが、GAHの取り組みに対して意見交換を行いました。

また、同年6月には、全国52の基礎自治体からなる、住民の幸福実感向上を目指す基礎自治体連合、通称「幸せリーグ」が設立され、荒川区の西川区長が会長として選出されました。同じ志の下、相互に学び合いながら、各自治体の行政運営に生かし、だれもが幸福を実感できる地域社会を築いていくことを目的としています。

西川区長は、「幸福度の追求は、区民の生活に密着している基礎自治体だからこそできることで、地域力が強い荒川区では、GAHの尺度が明確になった後に効果が必ず出てくるはず」としています。

人が「幸福である」という実感を持つことは、環境や状況によって変化していくものですが、だからこそ持続可能な幸せ社会の基盤がとても大切になってきます。日本各地での幸福度向上のための先進事例として、荒川区の取り組みは、今後ますます注目されるでしょう。


<参考>
荒川区自治研究所(RILAC)
「あたたかい地域社会を築くための指標」-荒川区民総幸福度-(八千代出版) 公益財団法人荒川区自治総合研究所 編


(スタッフライター 大野多恵子)

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