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人を育てるサステナブルな開発援助の最前線

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石井羊次郎氏
独立行政法人 国際協力機構(JICA) 人間開発部次長

大学卒業後、JICAに就職。以来、約30年にわたり保健医療分野を中心にODA事業の事業実施に従事。パキスタン、バングラデシュに計7年間赴任し援助現場での事業管理、相手国との折衝、援助計画策定に参画した。現在、国際機関などと連携したグローバルヘルス協力事業の拡充を模索中、国内の援助リソースの確保・育成にも奔走中。

◆講義録

今日の講義タイトル「サステナブルな開発援助」とは、開発援助を永遠に続けるという意味ではない。私たちにとって開発援助の成功とは、それが終わることだ。一番大事なのは、途上国が自分自身で社会開発を進められるような自立発展性をサポートすることだ。そのためにはどのような援助が必要なのか、特に人に焦点を当てた支援についてお話ししたいと思う。


保健セクターへの開発援助

世界で動いている保健分野の開発援助資金は、2007年時点でおよそ2兆円。1990年と比べると、約4倍に膨れ上がっている。ほかの分野と比べて、驚異的に援助資金が伸びているのが保健セクターだ。そうした資金は一体どこから来ているのだろうか。

一番多いのは二国間援助の資金で、全体の3分の1を占めている。なかでも突出して多いのはやはりアメリカだ。特に9・11以降、安全保障の視点からも、ブッシュ政権下で援助資金をどんどん拡大していった。特に、HIV/AIDSやマラリア対策に巨額の資金を投じている。

NGOからの資金供給もずいぶん伸びており、非常に大きな役割を果たしている。2000年前後から伸びているのが、ビル&メリンダ・ゲイツ財団だ。それが火付け役となり、保健セクターには、さまざまな民間財団からも資金が流れてくるようになった。

1990年代の日本は、最大のODA拠出国といわれた華やかな時代だった。だが、1997年以降は国の経済状況を反映してODAの資金は減り続け、今や世界で5番目にまでなってしまった。

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日本からの資金提供は、二国間協力として無償資金協力や技術協力を通じて、病院や保健所を建設したり、ワクチンの品質を落とさないように、保冷環境で現場まで届けるためのシステム作りを支援したりしている。また、ODAはユニセフなど国際機関に対しても行われる。2000年の沖縄サミットを契機に創設された世界エイズ・結核・マラリア基金(GFATM)などにも拠出しており、2兆円ほどの全体資金のうち、日本は7~8%を拠出している大口の資金提供者だ。

日本のODAの地域的な配分を見ると、1970年代はほとんどが対アジアだった。1981年に私がJICAに入ったころも、まだ4分の3はアジア向けだったが、その後、その比率が徐々に下がり、2007年には28%となっている。一方で、2000年以降に急激に増えているのがアフリカだ。2008年に横浜で開催された「第4回アフリカ開発会議(TICAD IV)」でも、日本はアフリカ向けの援助を倍増させると約束している。ODAの総額が減っていく中でも、しばらくはこの傾向が続くだろう。


「国」の支援から「人」の支援へ

私たちが援助を行うキーワードのひとつに「人間の安全保障」がある。これはJICAの理事長である緒方貞子さんが、アマルティア・センというノーベル経済賞学者と一緒に、国連でまとめたコンセプトだ。

第二次大戦後の東西冷戦構造下、途上国への援助体制は国家に対して行うものが主流だった。少しでも多くの国を自分の陣営に呼び込むためだ。ところが、90年に冷戦構造が崩壊すると、援助の意義がガラリと変わった。「人々が安全に暮らせる社会をつくるにはどうすべきか」というところに、援助の原点を見いだそうという動きが出てきたのだ。大事なことは、一人ひとりの人間に届く支援をすることだ。

「人間の安全保障」の実現には二つのアプローチがある。一つは倒れている人がいれば助けなければいけない、という「プロテクション」の発想だ。もう一方で、立ち上がろうとする人に対して、その努力を支援することも必要だ。それが「エンパワーメント」である。人間の安全保障とは、この2つのアプローチで、コミュニティと人をサポートしようというコンセプトである。事業の枠組をつくるときも、常に私たちの念頭にあるのがこの2つのアプローチだ。

このコンセプトの具体例を紹介しよう。ザンビアの首都のルサカ市の周辺にある不法居住区で、JICAが15年にわたって展開した「プライマリー・ヘルスケア・プロジェクト」と呼ばれるもので、コミュニティをベースとした、母子保健を強化する活動だ。

アフリカの多くの都市には、人口が地方から流入して形成される不法居住地域がある。ここではコミュニティ意識が非常に希薄だ。そういう中で、「どうしたらこの住民の生活環境を改善ができるだろう?」と、地元のカウンターパートと考えて、最初に用意したのが安全な水だった。コミュニティに給水塔を設置し、小さなグループごとに水場を設ける。それを地域住民に管理してもらうのだ。

水の施設を運営するためには、ポンプを動かす燃料、水を常にきれいにするための薬剤も必要だ。こうしたものの調達を含めて、水の管理体制をつくるよう住民に求めた。これが住民の組織化につながり、やがて住民自ら水の管理以外にも、さまざまな生活環境の改善活動を考えつくようになる。

以前は無造作に捨てられていたごみを、コミュニティでまとめて廃棄する活動が生まれたり、道路の側溝のドブさらいを、地域で協力して始めたりする。さらに、市場の横にきれいな公衆トイレをつくって、市場に出入りする人に利用してもらうとか、遠くから来た人が使えるようなシャワーも設け、利用料を徴収し、その資金でコミュニティ活動を充実させていくといったアイディアも実現した。

そういった活動と同時に、住民が一番必要としているのが母子の健康向上だ。それには行政によるプロテクションが必要だったが、行政がすべてをまかなうのではなく、住民の中からも、保健ボランティアを募るなどして、住民自身が活動を担っていくエンパワーメントの仕組みをつくっている。行政のサポートと住民活動の両方が、持続性のある地域保健活動をつくり出している。これが人間の安全保障をコミュニティで実現するという実例だ。


アフリカとアジアで異なる支援

ザンビアの例に見られるように、JICAの保健事業では、やはり女性と子供の健康が要だと思っている。「お父さんはどうなんだ?」と思うかもしれないが、女性と子供の健康が向上すれば、男性の健康もおのずと改善されるものだ。今のアフリカや南アジアの状況では、まず女性と子供の健康改善、さらに感染症への対応を含め、生存を担保する必要がある。

一方で、東南アジアや大洋州では、感染症以外が主要な健康問題になりつつある。成人病のほうが、より深刻な問題となっている状況だ。特に中国は、一人っ子政策の影響もあり、一気に高齢化が進んでいる。13億という人口を抱える国で進む高齢化に対して、どのような健康対策を行うべきか考えていかなければならないだろう。このように、社会の発展段階や開発レベルに応じて、支援のターゲットを変え、新たな対応が求められる。

もう一つ、国際的な保健問題として保健人材の育成・確保という課題もある。インドネシアやフィリピンから、日本に看護師や介護福祉士として働きにきてもらうという動きが生まれている。これまでも、多くのアフリカの医師や看護師がヨーロッパやアメリカに流出していたが、日本では他人事と思われていた。それがいよいよ日本と他のアジア諸国の間でも起きつつあるのだ。

こうした国境を越えた保健人材の移動で日本が恩恵を得るのであれば、相手国の保健人材を補充するための何らかの代償が必要だろう。割安な途上国で医療を受けたり、先進国で高度医療を受けるために、患者が国境を越えるメディカルツーリズムも確実に増えつつある。互恵関係が一層濃密なアジアには、対アフリカとは違う新しい保健援助の形があるはずだ。ぜひそれを見出したいと思っている。私たちの健康にも直接かかわる問題なので、日本の皆さんの関心も高まるのではないかと思う。


開発支援における5Sとは?

私たちが使う組織強化のツールの1つに5Sという仕組みがある。これは、整理(Sort)・整頓(Set)・清掃(Shine)・清潔(Standardize)・しつけ(Sustain)のことで、国内でもトヨタをはじめ、自動車製造工場などで導入されて効果を上げている、職場の環境改善に始まる総合的な品質管理の考え方だ。1990年代、日本の医療セクターにも安全性と効率性を高めようと導入された。そして、日本語の5Sを苦心の末、英語でも5Sになるように工夫して、開発支援の現場で使われるようになったのだ。

例えば、途上国では患者さんのカルテの管理もずさんなことが多く、いったん書いたカルテが整理されずにヨコ積みされていくようなこともしばしばだ。これをきちんと整理するだけで、医療現場の質が画期的に改善される。以前にも来た患者さんに同じ検査を繰り返さないで済むとか、担当医が違ってもカルテを見れば、どんな検査や処方をすればいいのかがすぐにわかる。あるいは、病院の薬室をきっちり整理整頓することで、どの薬が欠品しているかがわかり、タイムリーに補充できるという具合だ。当たり前に思えるかもしれないが、冒頭で述べた2兆円という膨大な資金が有効に活用されるためには、こうした足元の改善をまず徹底する必要がある。私たちのスタッフは、この5Sを繰り返し唱えながら、今日もアフリカの15カ国を回っている。

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写真提供:タンザニア派遣石島久裕専門家


日本の援助は「カタリスト支援」

援助の方法は、国によってさまざまだ。例えばアメリカは途上国政府をあまり信頼していないと見えて、現地のNGOを介した協力体制を敷くことが多い。一方、ヨーロッパの国々は、中央政府の財政部門に大きな支援をしている。相手国にその運営管理を任せながら、その資金がうまく流れるような支援をトップレベルで行っている。

日本の援助は、トップ(中央政府)から草の根(コミュニティ)までを一貫して協力しようという姿勢だ。私たちはこれを、カタリスト支援(catalytic support)と呼び、現場に寄り添う支援を信条にしている。

確かに、中央政府への支援として、制度をつくったり、国家政策を策定する人々のキャパシティを上げることも非常に大事だ。ただし、住民に対する支援を実際に届けるのは、現場の行政官や医療従事者などだ。そうした人たちのキャパシティも上げていかなければいけない。ザンビアのプロジェクトや5Sの普及など、現場に寄り添いながら一緒にやっていくという援助は、日本の得意とするところだ。国レベルと現場への、さまざまな支援を組み合わせて協力するのが日本の国際協力のあり方だ。

こうした活動に関心のある学生に「いま何をすべきか」と聞かれたら、「まずは日本ででも社会で何が起きているか、自分の目でしっかり見つめてほしい」と答えたい。JICAをはじめ、各国際機関が提供するフィールドワークの機会を利用して現場に出かけてみるのもいい。そこから、国際社会で活躍する人材が育ってくれたらと願っている。開発援助は世界に貢献できる「日本の人づくり」でもあるのだ。


配布資料

人を育てるサステナブルな開発援助の最前線(PDFファイル 約1.9MB)


「私が考えるサステナブルな社会」

開発援助の成功とは、それが終わることです。永遠に援助を続けなければならないとしたら、それはサステナブルではありません。一番大事なのは、途上国が自分自身で社会開発を進められるような自立発展性をサポートすること。そのために、トップから草の根まで、現場に寄り添う支援を信条としているのが日本の国際支援です。


「次世代へのメッセージ」

国際協力の現場で活動したいなら、まずは社会で何が起きているか、しっかり見つめてほしい。JICAをはじめ、各国際機関がさまざまフィールドワークの機会を提供しています。それを利用して、現場に出かけてみるのもいい。一人でも多くの日本人が、国際社会を舞台に活躍することを願っています。


◆受講生の講義レポートから

「数字に表れにくい分野の支援に力を入れていることが日本の良さでもあり課題でもある、という点が印象的でした」

「草の根&プロセス重視といった方針は、今後むしろ重要になると思いました。過度な成果主義による弊害が表面化しているので、プロセスとミックスした評価手法が開発されればいいと思います」

「住民のコミュニティを行政がサポートすることで、どんどん発展していくことを知って驚き、私もそんな活動に加わってみたいと思いました」

「ホームレス支援の活動にかかわっているので、具体的に参考になる点が多くありました。日本のホームレス支援についても、学術的なデータを出していかなくてはと感じました」


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