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人の多様性が持続可能な組織をつくる

ダイワJFS・青少年サステナビリティ・カレッジ 第3期・第4回講義録

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田村太郎氏
ダイバーシティ研究所代表

兵庫県生まれ。阪神大震災で被災した外国人への情報提供を行うボランティア活動を機に「多文化共生センター」を設立。日本における多文化共生社会の形成に長く携わる。2007年1月に「ダイバーシティ研究所」を設立。CSRやNPOをキーワードに、多様性を組織や地域の力につないでいくための提言や調査研究活動を展開している。

◆講義録

今日お話しするダイバーシティは、これから3~5年以内にものすごく大事なキーワードになるだろう。どんな企業に勤めても、ダイバーシティを考えないことには働けなくなると思う。人の多様性とはどういうことなのか、人の多様性に配慮した地域や組織とはどういうものなのかをお話ししたい。


震災で痛感した多様性のない社会のつらさ

2年前にダイバーシティ研究所という組織を立ち上げ、「多様性を地域と組織の力に」をテーマに、事例研究やセミナーの開催、企業の相談対応などを行っている。私がこうした仕事をするようになったきっかけは、14年前の阪神・淡路大震災だ。「多様性に配慮のない社会はこんなにつらいものか」と、あのときに感じたことが、ダイバーシティにこだわる原点となった。

被害の大きかった地域の中でも、家賃の安い住宅が立ち並ぶ古い住宅街には、留学生など外国人やひとり暮らしのお年寄り、障がい者が多く暮らしていた。都会の真ん中に「インナーシティ」と呼ばれる古い街があり、そこに移民など低所得層が多く集まっているのは世界共通の現象だ。こうした古い住宅は、災害が起こると、倒れやすいし火事になりやすい。この地域に住む、特に日本語での支援が届きにくい外国人に向けて、私たちは震災の翌々日から多言語で情報を提供するボランティア活動を行った。

その後、2004年の新潟中越地震でも、外国人の多い避難所を回って多言語での情報提供をした。避難所といえば、まず学校の体育館が開放されるのだが、子どものころから避難訓練を受けている日本人とちがい、外国人は避難所の存在すら知らない。体力のないお年寄りは、逃げ遅れて、体育館に着いたころには既に定員いっぱいだったりする。そこで、ほかの公共施設で電気がついているところ、ということで市役所や図書館にやってくる。例えば市役所のロビーにはブラジル人が40人も寝泊りしていたし、図書館にも120人の中国人がいた。外国人が多いところには日本人のお年寄りも多かった。

日本の被災地の避難所は、アフリカなど途上国の難民キャンプよりも配慮が足りない。難民キャンプでは、人数を数えてカロリー計算などしているが、日本の避難所は「パンとおにぎりを適当に持って行けばいい」という感じだ。大勢の人がいれば、塩分を控えたい人とか、アレルギーがある人とか、宗教上の理由で食べられないものがある人がいるはずだが、そうした配慮は全くないのがふつうだ。

トイレの問題も深刻だ。阪神大震災では、避難所に入ってから亡くなった人が500名もいた。戸外に設けられた仮設トイレは寒く、和式なのでお年寄りには使いにくい。トイレに行くのがいやで水を飲まなくなり、喉がカラカラなところで食べ物を詰まらせて亡くなる方も少なくなかった。中越地震では、避難所でのエコノミークラス症候群が話題になったが、あれも水分を取らないことが原因の1つと言われる。どうして避難所で多様な人への配慮ができないのだろう。

日本では、日ごろから防災訓練をしている地域も多いが、たいていは町内の元気な人だけで行っている。阪神大震災で被災した県の防災計画の担当者は全員男性だ。すると、例えば避難所に必要なサービスを考える際に、どんなトイレが必要だとか、おむつを替える場所とか、着替える場所が必要だという発想が生まれにくい。元気な男性だけで考えていても、すべての市民にとって安心できる避難所は実現しない。世の中には、障がいを持つ人も、お年寄りも、外国人も、アレルギーのある人もいる。もっといろいろな人で考えていかないといけない。


差別がないことだけでは不十分

「ダイバーシティ」とは、組織でいえば、人事や実務、商品サービスの開発などで、人的多様性に配慮することや、それを推進する体制整備を指している。

具体的に言うと、人事面では、多様な従業員を採用するにはどうしたらいいか、人材配置や管理職への登用の際に、ダイバーシティ戦略をどう考えるかといった点がある。実務面では、業務上の指示の仕方や研修方法で配慮がなされているか。例えば、およそ40人に1人は色覚障害があるというが、このパワーポイントの資料はそうした人にも見やすいだろうか、といった配慮も必要になる。障がい者を何人採用したとか、女性の管理職が何人いるとか、人事面での配慮ができていても、実際に日々働きやすい環境かどうかが考えられていない職場が多い。採用するだけではまったく不充分だ。

もうひとつ、商品やサービスを開発するときに、顧客の多様性に対する配慮も、日本の組織はもっと推進していかなければならない点だ。例えば、関西の某私鉄が色覚障害への配慮がないとして訴えられた事例がある。駅のホームにある電車の時刻表が、特急は「赤色で白抜き」、準急が「緑色で白抜き」で表示されていて、緑と赤の識別ができない人には、特急と準急の区別がつかないことに気づかなかったのだ。

ダイバーシティへの配慮は、「差別のない人事」とはちがう。プラスマイナスゼロでよしとするのではなく、さらにプラスに転じていくことが大事だ。多様な人で構成されている組織は、結果的に強い。なぜなら、私たちが暮らしている世の中は多様だからだ。世の中が多様なのに、組織に多様性がなければ、世の中のニーズに対応できるはずがない。


双方が変化する「共生」社会をめざす

ちがう文化背景を持った人がやって来たとき、私たちの社会の対応の仕方は、概ね「排斥」「同化」「棲み分け」「共生」の4つに分けられる。軸としては2つあり、1つは受け入れるか、受け入れないかで、もう1つは、ちがいを持った人が変化するかもしれないと考えるか、永遠に変化しないと考えるか、である。

まず1つめの排斥とは、「少しの間ならいいけど、ずっといられるのは困る。いずれは出ていって」という考え方。それから、「今はちがうみたいだけど、1年もここにいれば、私たちのように変わるだろう、変わってもらおうよ」という態度。これが同化だ。

3つめは棲み分け。「いてもいいけど、こっちには入ってこないでくれる?」「外国人は○町○丁目で暮らしてよ」などという考え方だ。

ダイバーシティというポジションは、日本語でいう「共生」に近い。両者がともに変化するというのがポイントだ。受け入れる側の社会や組織も変わっていきながら、一緒に働きましょう、暮らしましょうというのが、共生型のダイバーシティである。例えば、男性ばかりの職場に女性が入ってきたとき、女性だけに変化を求めるのではなく、組織自体が変わるというのが、ダイバーシティのポジションだ。

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男女の例なら、まだ理解してもらえるが、外国人となると、たちまち理解してもらえなくなるのが悩ましい。外国人が来たからといって、「日本人も変わろうよ」と言うと、途端に「何で変わらないといけないんですか?」と言う人が結構多い。


求められる人口変動社会への対応

気候変動と同様に、私たちは人口変動にも着目しなければならない。例えば1970年ごろは、第二次ベビーブームで子どもの出生も多く、税金を納めてくれる働き手のほうが税金でお世話になる高齢者よりも多かったので、世の中がうまく回っていた。ところが、2050年になると、お年寄りが著しく増え、現役世代はとても少なくなる。一方で社会保障をはじめとする諸制度はそのままでは、世の中が回っていくはずがない。

世界の人口予測を見ると、南アジア以外のアジアの国々は、日本と同様、少子高齢化の問題を抱えている。合計特殊出生率が、日本以上の勢いで下がっている国もある。中国でも韓国でも、これから外国人労働者を求めるようになる中、日本のように多様性への配慮のない国には、世界から人が集まらなくなるだろう。さらに日本の若者も出て行くと思う。このままでは日本の社会全体が立ち行かなくなるという事実に、まだ多くの人が気づいていないのが現状だ。

このことに、30年前に気がついた地域がある。北欧だ。

例えばスウェーデンは、税金は高いけれども福祉が充実していることで有名だが、1970年代に、高負担・高福祉と並んで移民政策を導入している。それまで家族が担っていた、介護や福祉を社会化しようという試みだった。その担い手として移民を受け入れ始めたのだ。

受け入れにあたって、移民へのスウェーデン語の教育は政府がしっかり行い、出身国の言葉や文化も保てるように配慮されている。スウェーデンに駐在した経験のある在日コリアンの知人は、「『子どもの文化はコリアです』と言ったら、スウェーデン人が毎週、朝鮮文化を教えに来てくれた。何と素晴らしい国だ」と感激して帰ってきた。

こうした政策を、30年以上前に取り入れた結果、女性の就業率が上がるとともに、合計特殊出生率はほぼ当時の水準を維持している。女性の就業率の向上と移民受け入れは相反するのではなく相乗効果を生むし、「女性の就業率が上がると、出生率は下がる」と言う人がいるが、むしろ逆で、就業率が高い国は、出生率も高くなることが分かっている。

このように制度を整えて移民を受け入れ、トータルな人口政策に取り組んできたスウェーデンでは、いろいろな文化背景を持つ人に配慮をし、当然ながら女性も男性も平等でやっていくという文化が根づいてきた。こうして、人口変動社会にもある程度は対応できる社会をつくっているのだ。日本は30年遅れている。今、こうした選択をできなければ、日本の将来はとても厳しいものになるだろう。


地域ぐるみのSRを

女性の従業員の比率を上げたり、障がい者の雇用を増やすのを、企業だけで推進するのはもはや無理な話だ。例えば、自治体施策がすごく充実していて、保育の待機児童がゼロの地域と、待機児童がいっぱいの地域で、女性の就業率がちがってくる。障がい者の就労サポートをしっかりやってくれるNPOがある地域と、そうではない地域もある。企業だけでいくら頑張っても、果たしきれない責任があるのだ。

企業にいろいろな責任が求められるようになってきたが、企業だけに責任を押し付ける社会はやめませんかと言いたい。これからは、企業だけのCSRではなくて、地域でSRを考えていく時代だ。

企業も自治体もNPOも、互いの状況を情報開示しながら、どうすれば女性の就業率が上がるのか、どうすれば障がい者の雇用が増えるのか、外国人向けの日本語教育をどうしていくべきなのか、といったことを地域全体で議論しないといけない。そういうことを通してはじめて、企業もダイバーシティに配慮ができる。

今、そのダイバーシティへの配慮を拒んでいる最大の要因は実は市民ではないか。携帯やプリンタに使われるプラスチック部品の製造業を営む社長さんに聞いた話だが、消費者が安い商品を求めることが、工場で働く外国人労働者の賃金を上げられない原因になっているという。人的多様性に配慮などしていたら、今のように安い携帯やプリンタはつくれないというのだ。コンビニのお弁当をつくっている工場で働くのは、多くは外国人労働者である。朝7時にコンビニの店頭に弁当を並べるには、夜中に誰かがつくらなければならないが、日本人はそうした職場では働かない。結局は、私たち市民が、過度な安さや便利さを求めるあまり、人の多様性が置いてきぼりになっているわけだ。

環境問題については、この10年ぐらいでだいぶ配慮されるようになってきた。次は人的多様性への配慮だ。あと5年ぐらいのうちに、人の多様性に配慮する地域社会をつくっていけるかどうか、ここに持続可能な組織、持続可能な地域の未来がかかっているだろうと私は思っている。


◆配布資料

「人の多様性が持続可能な組織をつくる」(PDFファイル 約631KB)


◆ 私が考える「サステナブルな社会」

企業だけに責任を押し付けても、サステナブルな社会は実現しません。自治体もNPOも、どうすれば地域の多様性を高められるかを一緒になって議論することで、はじめてサステナブルな社会をつくることができます。また市民一人ひとりが、便利さや安さを追い求める生活のあり方を見つめ直すことも大切です。


◆ 次世代へのメッセージ

ダイバーシティを推進するのは、外国人や女性が「気の毒」だからではありません。障がい者がかわいそうだから雇ってあげよう、ということでもありません。私たちの社会が持続可能かどうかは、人の多様性に配慮できるかどうかにかかっている、地域の未来のために考えることがダイバーシティであるということを、頭に入れていただければうれしいです。


◆受講生の講義レポートから

「国や地域を越えて、人やモノが行き交う時代に、人の多様性の喪失はとても深刻な事態を招きかねないと感じました」

「多様性が組織をしなやかに強くする、という言葉が非常に印象的でした。新しいものに接することで、ポジティブな変化が生まれるという事例がもっと生まれてくれば、より積極的になれる気がします」

「ダイバーシティについてはまったく知らなかったが、この講義で価値観の拡大が必要だと強く感じました。ただ、具体的に自分がどうすればいいのかを考えると少し頭が痛い。統計的なデータでは、感情に対する説得が難しいと思いました」

「震災が起きたとき、日本語の情報が分からない人や、支給される(日本人向けの)食事が合わない人がいたことには気づかなかった。被災地に毛布を届けるような活動はマスコミも大きく取り上げるが、田村さんのような活動が必要とされていることを知りました」


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