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エコツーリズムと野生動物保護の両立

ダイワJFS・青少年サステナビリティ・カレッジ 第3期・第2回講義録

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南正人氏
ワイルドライフコミュニティ研究所代表

1957年生まれ。理学博士。専攻は動物社会生態学、特にニホンジカの行動生態学。宮城県の離島で150頭の野生シカに名前をつけ、19年間観察を続けている。1993年(株)星野リゾート入社、エコツアー・環境教育部門ピッキオの責任者、(株)ピッキオ代表を経て、2008年、ワイルドライフコミュニティ研究所設立。軽井沢で、クマなどの保護と被害防除に取り組む。

◆講義録

学生時代からほぼ30年間、シカの行動の研究を続けてきた。特に1989年からは、宮城県・牡鹿半島にある金華山という島で調査している。周囲約10キロの、神社と民宿が1軒あるだけの小さな島に、500~600頭のシカがいて、海に浮かぶ奈良公園のようなところだ。野生のシカ150頭に名前を付けて、どういう一生を送っていくか、19年間研究してきた。この間、ほぼ500頭のシカを観察したことになる。


小さな島における進化の過程

JFS/college 0811-01野生動物である彼らは、生物進化の中で生きている。人間と違い、弱い個体は死んでいく。うまく繁殖できない個体は子どもを残せない。それは進化の中で滅びていくということだ。ある環境の中で適応できた者は生き残り、そうでない者は滅んでいく。

生き残ったものの性質(「形質」という)が、その生き物の特徴として代々引き継がれていく。キリンは、首の短いのは滅び、長いのが生き残っているから、今のキリンは首が長いわけだ。同じように、シカも自然淘汰の中で生き残ってきている。では、この島ではどんな個体が子どもを残してきているのか、そういったことを研究してきた。

今わかっているのは、生まれて1年目の体格の差で、最終的に縄張りを持ち、子どもを残せるかどうかが決まってくるということだ。0.8歳のときに体重が重かった個体は、一生を通じて常に強い。生まれて1年の間に何が起こっているのかは、今調べているところだ。

ここのシカたちは栄養状態が悪く角がスカスカだ。栄養が足りないなら短くすればいいと思うかもしれないが、そうはならない。雄同士の激しい競争で、いわば槍のような役割を果たす角は、長くなくてはいけない。強い雄のシンボルとしては、長いほうが見た目にも格好がいい。

栄養状態の悪い地域では、角を縦方向にぺちゃんこにして、闘いに重要な縦方向の強度を落とさないで、軽くすると言われているが、ここの鹿の角はまさにそうなっている。高級な自転車のフレームが、縦長にして軽量化しているのと同じ原理だ。それほど微妙に進化を図っているわけだ。


シカを取り巻く生態系

草食動物であるシカが島中の植物をどんどん食べて、金華山はハゲ山のようになっている。小さな芽はどんどんシカに食べられて林が育たず、いわば草原化していくのだ。もっとも、草原さえも食われていき、この島にはトゲがあるとか苦い植物しか残らない。トゲのあるアザミという植物でも、普通は茎のてっぺんに花を付けるが、それではシカに食べられてしまうので、地上から直接花を咲かせている。茎を伸ばす前に、取りあえず花だけ咲かせて子孫を残そうとしているのだ。これくらい草食獣がたくさんいると、ほかの動植物はいかにして対抗するかを工夫していくわけだ。

こうした中で生き残るのは芝だ。芝にとって一番嫌なのは、上をほかの植物が覆って太陽光線が遮られることだが、それをシカが全部食べてくれるので、太陽をさんさんと浴びて、伸びることができる。もちろん芝もシカに食べられるのだが、成長するのも早いので、島中にどんどん芝が広がっていく。

芝以外の低木や藪が食べつくされると、それを食べる昆虫がいなくなり、今度はその昆虫を食べる鳥がいなくなる。こうして生態系がどんどんシンプルな形になっていく。つまり、生物多様性が失われていくわけだ。

そうやって生態系を変えてきたシカは、やがてそのとばっちりを受けることになる。芝は夏の間しか生えないため、冬の食糧がなくなってしまう。つまり、芝をどんどん増やしていきながら、自らの首を絞めているのだ。そのために、この島のシカの角はスカスカで、本土のシカより身体が小さく初産も遅い。冬の寒さが厳しい年は、500頭のうち300頭が死ぬこともある。1984年と1997年にこうした大量死が起こっている。

こういう狭い島で、生態系に大きなインパクトを与えると、それがどこに表れるか、とてもよく見える。生き物はわれわれの想像以上につながっている。だからこそ、生物多様性を守ることが必要だ。

なぜこんな話をするのかというと、エコツアーのガイドの面白さについて伝えたいからだ。よくありがちなガイドは、シカを見たときに、「はい、これはシカです。雄ジカには角がありますが、雌ジカには角がありません」「体重は80キロぐらいです」などという説明で終わっていることも多い。これでは本当の意味でのガイドではない。

ここのシカの角はなぜ細いのかという話をガイドができれば、野生動物の体つきや行動までが、進化の中で決まってくることが見えてくる。シカの角の話から、進化論がだんだん理解できるようになる。あるいは、シカの角の話から、生態系の成り立ちまで理解できる。こういうガイドが、本当の意味で面白いガイドだと、私は思っている。

その土地にしかないような具体的な話と、一方で、その話から引き出される自然界の法則まで語れないといけない。具体性と法則性、両者をつなげて話せないと面白くならない。ガイドの面白さがないと、お客さんはお金を払わない。すると経済的には成り立たず、その土地の資源や文化が守れなくなってしまう。

面白くないガイドが多い理由は、日本の野生動物の学問と、エコツーリズムの間にまだ溝があることだ。生態学を勉強したり、自分で土地の野生動物を調べて、それを生かしたガイドをしている人はあまり多くないのが現状だ。


エコツーリズムとは

そもそもエコツーリズムとは、自然や文化や歴史遺産などを守りつつ、それらとの触れ合いをガイドの解説を受けながら楽しみ、地域の経済振興に結び付けようとする旅の考え方のことだ。その対象は自然だけとは限らないで、歴史遺産なども入っている。地域の自然や文化、生活を楽しむことを通して、その結果、それを守るというところまで行ってこそ、エコツーリズムになる。また、地域の経済振興に結び付かないと持続的な活動にならないので、ここも非常に重要な要素だといわれている。

1980年代、アフリカ、中南米、東南アジアなどの、いわゆる発展途上国では、国の経済振興のために盛んに森林開発が行われていた。しかし、それでは野生動物がどんどんいなくなってしまうため、代替案としてエコツアーが始まったという経緯がある。多くの場合は、国立公園化することでその地域を保護するのだが、それだけではお金にならない。そこで、自然観察ツアーが生まれるようになった。

これとは違う動きとして、日本では、1990年代に入ってから、観光の付加価値としてのエコツアーが出てきた。この2つが合体し、持続可能な利用と保全を一体化させたエコツーリズムが出てきたわけだ。地域の自然は、財産であり資源である。残しておくべき財産として、また、活用すべき資源という両方の側面が一体化する方向に、今のエコツーリズムは進んでいる。

日本のエコツーリズムを大きく分けると、次の3つに分類される。1つは、小笠原、白神山地、知床、屋久島など、豊かな自然の中で、それを保全しながら活用するというタイプ。発展途上国で行われているのもここに当てはまる。2つめが、もともと非常に多くの来訪者が自然を求めてやって来る観光地を、もう少し環境負荷の少ないツアーにできないだろうかと取り組まれているもの。裏磐梯、富士山、熊野、佐世保、六甲、軽井沢などが当てはまる。3つ目の類型は、里地・里山の身近な自然を使って、地域産業あるいは生活文化というものを活用して、地域起こしに使えないか、という意味でのエコツーリズムだ。


地域の資源を生かすために

皆さんの多くが危惧されているように、エコツーリズムも決してバラ色ではなく、功罪、両方の側面がある。

功の部分としては、乱開発や自然破壊を食い止めることができている場所は確かにある。コスタリカなどがいい例だ。また、参加者の環境意識の向上に寄与する点もある。学校では学ぶことの少ない、生き物についての環境意識を学べることの効果は大きい。

一方で、人がたくさん来れば来るほど、その土地の自然にどうしてもインパクトを与えてしまう。その影響を考えないといけない。観光地やエコツーリズム・サイトのキャパシティについては、いろいろなところで研究が始まったところだ。

JFS/college 0811-02『ガラパゴス諸島』という本によれば、エコツーリズムが意義を持つために必要な要件が5つある。1つは優れた自然地域があり、2つめに十分な調査・研究がされていること。3つめには自然保護の制度があることだが、日本でほとんどない。4つめに、ガイドが制度的に組み込まれていること。5つめに参加者にそれを取り入れようとする姿勢があることとあるが、これも日本ではまだ確立していない。

さらに付け加えて、経済的な効果が、地域の持続可能性を高めないといけないだろうと私は思っている。つまり、貧困や文化的な破壊、乱開発、自然への強いインパクトなどに対抗する意味で、保全をしながら経済的な効果を与えられなければ、エコツーリズムにはなり得ないだろうと思っている。

そのためにも、地域の資源である、自然とか文化とか歴史というものに対して調査・研究をきちんとして、それを元にした保全活動と、同時にエコツアーや環境学習として、それを活用していく必要がある。また、単に「楽しかった」で終わらないように、できるだけ保全活動に意識を向けてもらえるようなアプローチをしてこそ、エコツーリズムがうまい形で回っていくだろうと思う。


◆配布資料

「エコツーリズムと野生動物保護の両立」(PDFファイル 約684KB)


◆ 私が考える「サステナブルな社会」

持続可能なエコツーリズムは、地域の持続可能性を高めるものでないといけません。地域の資源である、自然や文化、歴史に対して、きちんと調査・研究をして、それを伝えられるような人がいてこそ、それが可能になります。


◆ 次世代へのメッセージ

シカの顔は1頭ずつそれぞれに違います。皆さんの顔が一人ずつ違うのと同じです。「シカはシカ」というのではなく、それぞれが営む生活の違いが顔の違いにも表れていて、それが「生きている」ということであり、生物多様性にもつながっていることを知っていただきたいと思います。


◆受講生の講義レポートから

「エコツアーは、どれだけ『エコ』かという点だけに着目していましたが、地元への還元や動植物の進化の研究も今後の課題だと分かりました」

「自然遺産の少ない日本で、どの程度エコツーリズムができるのか?という思いがありましたが、ガイドなどソフトの面で資源の足りない部分を埋めるというのが興味深かったです。日本の自然環境の特性に合わせたエコツアーを考える必要があると思いました」

「生物たちがつながりを持って生きていることを改めて知るとともに、生物多様性に関する教育を学校その他の場で、もっと重点的に行うべきだと思いました。私自身が勉強し、実際にエコツアーに参加し、現在ガイドボランティアをしながら疑問に感じてきたことについて、答えが少し見えてきた気がします」


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