ニュースレター

2013年12月10日

 

水道シフトをおこそう! 震災を機に見直される生物浄化法

Keywords:  ニュースレター   

 

JFS ニュースレター No.135 (2013年11月号)

bungotakada大分県豊後高田市/黒土集落の小規模給水施設
Copyright 橋本淳司 All Rights Reserved.

2011年3月の東日本大震災において、日本に住む私たちは、電力だけでなく、安全な水をどう確保するかの問題に直面しました。エネルギーの小規模・分散化がますます注目を集めていますが、水についても、小規模・分散化を進めていくことができるのでしょうか。

今回のJFSニュースレターでは、「エコロジーとエコノミーの共存」をテーマに活動するNPO Think the Earth の快諾を得て、Think Daily に掲載された記事の要約版をお届けします。

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-

日本社会はこれまで、大規模・集中化による効率のよさを追求しながら発展してきました。しかし、東日本大震災は、そのマイナス面を顕在化させました。その結果、小規模・分散型エネルギーが注目されるようになりました。

水道も同様の検討をする必要がありそうです。「安全・低コスト・省エネ」な水道へのシフトです。"水道シフト"は、持続可能な小規模コミュニティーには必要不可欠で、具体的には「水源・浄水方法・下水処理方法」という3つの見直しポイントがあります。今回は、震災以降再び注目されている浄水方法、生物浄化法(緩速ろ過)について紹介しましょう。


大量のエネルギーを使う上下水道

3月11日に発生した巨大地震と大津波は、東北の多くの地域で生活インフラに大きな被害をもたらし、私たちの生命線ともいうべき水インフラも壊滅的な被害を受けました。岩手、宮城、福島、茨城、千葉を中心に220万戸以上が断水したのです。水道管や貯水池の崩壊、浄水場の地盤の陥没のほか、電源を失い機能停止になった浄水場も多くあり、「水をつくるのには電気が必要」であることを再認識させられました。


水道にかかるエネルギー

そもそも上下水道には多くのエネルギーが必要です。日本の上水道では、水源からの取水・導水、浄水処理、各家庭まで送水・配水に年間約79億kWh、下水道でも、導水、下水処理、放水に年間約71億kWhと、上下水道合わせて年間約150億kWhの電力を使っています。これは原子力発電所1.5基が創出するエネルギー量に匹敵します。

浄水方法には、浄水に必要なエネルギーが少ない順に、緩速(かんそく)ろ過、急速ろ過、膜ろ過の3つがあります。


安全・低コスト・省エネの生物浄化法

緩速ろ過に詳しい地域水道支援センター理事長・信州大学名誉教授の中本信忠さんに話を聞きました。

「緩速ろ過という名前は、砂にゆっくり水を流して物理的にろ過することが発端ですが、これは古い認識で、実際には、ろ過槽の表面に棲んでいる、目に見えない生物群集の働きで水がきれいになります。そのスピードは速く、緩速ではありません。ですから『生物浄化法』という名前で呼ぶほうが実態に即しています。

薬の力は使わず、自然の力で水をきれいにするしくみは、森の土壌が水をきれいにする自然界のしくみをコンパクトに再現したものです。

震災直後も生物浄化法(緩速ろ過)の浄水場は、安全な水をつくる役割を果たし続けました。

その理由は、シンプルで壊れにくい構造、浄水過程で電力が不要、塩素以外の薬剤が不要だからです。過酷な状況下でも平常の機能を失いませんでした」


急速ろ過の欠点

一方、現在もっとも一般的な浄水方法は急速ろ過です。日本では、戦後多くの浄水場が生物浄化法から急速ろ過に切り換えられました。

急速ろ過は、凝集剤によって水に含まれる汚れを沈め、上ずみをジャリや砂でろ過する方法で、スピーディーに大量の水がつくれます。

大規模・集中型の施設で効率よく浄水する反面、水溶性有機物やアンモニアを除去できないので、塩素による殺菌が必要です。また、マンガン、臭気、合成洗剤も除去できないため、水の味は悪くなります。

このため東京など都市部の水道は、急速ろ過では十分に対応できないカビ臭、カルキ臭などの原因物質をオゾン処理、生物活性炭などで処理する高度浄水処理が行われています。

クリプトスポリジウムという原虫により水道水が汚染され、集団下痢が発生したこともありました。この原虫は塩素では死滅しないので、膜ろ過(ミクロの孔のあいたフィルターを通し、原水中の濁りや汚れを除去する)が奨励されました。

中本さんはこう語ります。「生物浄化法が急速ろ過へと移行することで、水需要の急速な伸びに対応し、維持管理を自動化するなど合理的な面もあります。しかし、カビ臭、クリプト原虫の汚染問題などは急速ろ過法の技術的な欠陥であり、生物浄化法のままであれば問題は起きなかったでしょう」

これらの問題に対処すべく、活性炭投入、オゾン処理、膜処理など、さまざまな技術革新が繰り返されたことにより、設備投資や消耗品などのコストとエネルギーが必要になり、水道事業の財政は苦しくなりました。水道事業は、コストを利用者数で頭割りすることが原則なので、利用者数の少ない小規模コミュニティーほど水道料金が高くなるなど、負担が顕在化しています。


原虫対策で生物浄化法を選択した町

1997年、岡山県哲多町(現新見市)は、県の水質検査機関から、原水にクリプト原虫らしきものを検出したという通知を受け、当時の厚生省から緊急給水停止と浄水処理の要請を受けました。

もともと哲多町は、浄水施設が不要なほどの良質な原水に恵まれていましたが、浄水場を新設しないと給水できないという事態に直面。会議を重ね、「安全でおいしく安い水を供給できる」ことから生物浄化法(緩速ろ過)の浄水施設の導入を決めました。

当時厚生省は、クリプト対策指針では急速ろ過、緩速ろ過、膜ろ過のいずれの処理施設でもよいとしながら、膜ろ過以外には補助金を出さない方針でした(後に急速ろ過、緩速ろ過にも補助金を出す方針に転換)。

それでも哲多町は生物浄化法の導入を決めました。その理由は建設費、維持・管理費が安いこと、また急速ろ過では、塩素投入量が格段に増えるので、町民の健康リスクが高くなると考えたからです。


剣崎浄水場

群馬県高崎市にある剣崎浄水場は、明治43年に創設された高崎市最古の浄水場です。生物浄化法の浄水場はシンプルな構造で長持ちするので、明治、大正期に建設されたものが、今でも現役で稼動しています。

剣崎浄水場では、烏川の水を、群馬郡榛名町の春日堰から取り入れ、土地の高低差を利用して浄水場まで運び、生物浄化法できれいにしています。導水にかかるエネルギーも使用しない、理想的なかたちと言えます。


稼働以来一度もメンテナンスしていない西原浄水場

生物浄化法は適切に管理すれば、腐った藻や砂ろ過槽にたまった汚泥をときどき取り除く程度で、メンテナンスはほとんど不要です。

長野県須坂市にある生物浄化法の西原浄水場は、雑草だらけの誰もいない小さな浄水場で電機は管理用のメーターのみ。2004年の稼働開始以来まったくメンテナンスしていないそうです。

生物群集が働く環境さえ整っていれば、人間が手を加える必要はないのです。『緩速ろ過』という名前のため、水をゆっくり流さなくてはいけない、そのために給水量が少ない、といわれていますがそんなことはありません。自然の伏流水は流れにスピードがあっても、きれいな水が湧きだしています。

むしろ大切なのは水を流すスピードを変えないこと。速くても一定であれば生物群集は活発にはたらくことができます。

Nishihara_Water_Treatment_Plant長野県須坂市の西原浄水場
Copyright 橋本淳司 All Rights Reserved.


各地で復活する生物浄化法

最近、生物浄化法の安全・低コスト・省エネというメリットに注目し、浄水方法の見直しが各地で行われています。

広島県三原市の西野浄水場では、急速ろ過と生物浄化法を併用していましたが、2004年に生物浄化法一本の浄水場へ。宮城県美里町では、急速ろ過の浄水場でしたが、老朽化にともない新しい浄水場が必要となり、2008年に住民の意思で緩速ろ過を採用。おいしい水ができて、低コストであることが決め手となりました。

沖縄県の伊良部島は生物浄化法でしたが、その後、急速ろ過と膜処理を導入。しかし、莫大な経費で借金が膨らみ、宮古島市との合併を機に、中止した生物浄化法と膜処理を一緒に動かすことでコスト削減を図っています。

Nishino_Water_Treatment_Plant.jpg広島県三次市の西野浄水場
Copyright 橋本淳司 All Rights Reserved.


限界集落を救った緩速ろ過

大分県の山間部に点在する住民が十数人という小さな集落では、住人は昔からある浅井戸水を利用しています。ところが近年、井戸水から鉄やマンガン、雑菌などが検出され、飲用不適になりました。しかし、十数人の集落に新たに水道を敷設することは財政的に厳しい。そこで金属製のコンテナのなかに石や砂をいれ、そこに汚れた井戸水を通過させると、生物群集のはたらきによってきれいな水ができあがる生物浄化法ユニットを設置しました(トップ画像)。

これにより、十数万円という低コストで安全な水が供給できるようになりました。現在、さまざまなデータをとっており、安定的に使用できるとわかったら、生物浄化法ユニットを販売する計画もあります。

水道水には多くのコストとエネルギーがかかっています。これを減らしながら、安全な水を供給することがとても大切です。生物浄化法は、「安全・低コスト・省エネ」な水道へのシフトを考えるうえで、キーとなる技術といえるでしょう。

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-

2014年6月には、第5回 緩速・生物ろ過国際会議が開催されます。
http://5ssabc.jp/
安全な水供給の鍵となる生物浄化法の今後に要注目です。


(水ジャーナリスト 橋本淳司)

Think the Earth, Think Daily 掲載
「水道シフトをおこそう! 震災を機に見直される生物浄化法」より要約。
全文はこちら

English  

 


 

このページの先頭へ