ニュースレター

2013年10月15日

 

日本の自治体の地下水を守る取り組み

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JFS ニュースレター No.133 (2013年9月号)

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地下水利用は増加の一途

2011年3月11日に発生した東日本大震災以降、日本での地下水利用は活発になっています。震災後の1年間に掘られた井戸数は2万本に上るそうです。津波で水道水源が浸食された被災地でも、避難先の高台でも、被災者が生活に必要な水を得るため、多くの井戸が掘られました。

被災地以外でも、防災意識と安全志向の高まりによって、ペットボトル水の利用が伸びています。東京電力福島第一原子力発電所の事故のあと、東京都の浄水場で乳児の飲料に関する当時の暫定規制値(1キログラムあたり100ベクレル)を超える210ベクレルの放射性ヨウ素が検出され、東京都が乳児の水道水摂取を控えるよう要請したとのニュースが報じられると、ペットボトル水の在庫は瞬く間に店頭から姿を消しました。

農林水産省はペットボトル水のメーカーに生産・供給の拡大を求め、2011年のペットボトル水市場は量も金額も前年比約26%と大きく伸びました。その後も、ストック需要や、それまで習慣のなかった消費者にもペットボトル水を買って飲むという習慣が広がり定着するなど、地下水への需要は拡大しつづけています。

こういった動向を背景に、ここ1~2年、地方自治体では水資源を守る動きが活発になっており、特に条例づくりを進めている自治体が増えています。日本の自治体の地下水を守る動きをいくつかお伝えしましょう。


熊本県の取り組み

熊本県では、九州北部が大渇水になった1978年、ポンプでの採水の事前届け出を求める「地下水保全条例」が作られました。2012年に熊本県は条例を改正し、地下水を大口取水する事業者には知事の許可を求め、水量測定器の設置、地下水涵養計画の提出と実施を義務付けました。無許可で地下水を採取した場合は、1年以下の懲役または50万円以下の罰金が科せられます。

条例改正のきっかけは、地下水の減少でした。熊本県の2008年度の地下水採取量は1億8000万トンで、17年前の75%にもかかわらず、地下水位は低下しているのです。「毎日使っている水がゆっくりと減りはじめ、何の手も打たなければ、将米的には枯渇してしまうことがわかった」(県の担当者)。

熊本地域で水を大量に使っているのは人口の多い熊本市で、地下水の下流域に当たり、涵養しているのは上流域の白川中流域です。上流域には、「熊本市は私たちのおかげで水が使える」という意識があり、一方、都市部に住む人は自分たちが使っている地下水がどこから流れてくるのかあまり考えないのが現状です。

一つの地下水盆を共有しているという意識をもてるかどうかが、条例制定のポイントです。熊本県では各市町村の担当者に協力してもらいながら井戸の水位をはかり、調査を一緒に行ない、地下水の構造や流れのわかる水門地図を作成し共有しました。そういうなかで一体感が醸成され、条例改正につながりました。


熊本市の取り組み

熊本県の県庁所在地・熊本市でもさまざまな取り組みを進めています。2013年、熊本市は国連「生命の水」最優秀賞を受賞しました。受賞理由は「さまざまな団体の協力体制の下、田の活用などで水供給を維持する姿が模範例となると評価された」とのこと。実例をご紹介しましょう。

生活用水のほとんどを地下水に依存している熊本地域での地下水位減少の原因は、田んぼという涵養装置が減ったことでした。熊本地域の地下水涵養量(地表の水が地下にしみこむ量)は1年間に6億4000万トン。うち3分の1を水田が担っています。とくに白川中流域の水田は、他の地域に比べて5~10倍の水を浸透させていました。ところが、涵養装置である田んぼが減ってしまったのです。熊本地域の水稲作づけ面積は、1990年の1万5000ヘクタールから、2011年には1万ヘクタールになりました。

そこで熊本では涵養事業がはじまりました。1990年代後半、東海大学の市川勉教授が、「熊本市の江津湖の湧水が10年で20%減った」と報告しました。ちょうどその時期に、ソニーの半導体工場(ソニーセミコンダクタ株式会社・熊本テクノロジーセンター)が地下水涵養地域に進出することになりました。半導体生産は地下水を大量に使用するため、地元には不安が広がりました。「大量の水をくみあげられて周辺に影響が出るのではないか」。

これがきっかけとなって、さまざまな方策が検討された結果、ソニーは2003年度から地元農家や環境NGO、農業団体と協力し、地下水涵養事業をはじめました。協力農家を探し、稲作を行っていない時期に川から田んぼに水を引いてもらい、地下水涵養し、その費用をソニーが負担するというしくみです。近年は「くまもと地下水財団」が協力金というかたちで、地下水を使用する中小企業などからお金を集め、田んぼでの涵養をすすめています。

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実施した農家に聞くと、「水を張っておくと雑草が生えてこなくていい。この時期の草取りはきついからから助かる」「連作障害がおきにくくなる」と好評のようです。収穫されたコメをブランド化して売る動きもあります。そういう商品を地域の消費者が積極的に購入することで、事業を支えることができます。地下水涵養域でつくったコメを買うのも、立派な涵養活動なのです。

地元の人はコメを食べることで、農業を守ると同時に地下水も守れます。東京や大阪などで仕事をしている人でも、コメを食べることで郷里を応援することができます。こうしたさまざまな「しくみ」をつくったことが今回の受賞につながりました。

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ルールづくりのときに水量だけに注目すると「上流域は地下水を育む」、「下流域は水をつかう」という関係になります。この立場に固執すると空中分解してしまうケースもあるのですが、地下水の問題には量質の2面があります。量の問題だけに注目すると、上流域は「自分たちは地下水の生産者であって使用者ではない。地下水保全事業に金を払わなければならないのか。金は使用である都市部が出せばいい」「むしろ金をもらってもいいのではないか」という声が上がります。しかし、質の問題に注目すると見え方が変わります。地下水汚染を引き起こす汚染物質の代表は硝酸・亜硝酸態窒素ですが、これは農地に由来します。上流部には農家が多く、家畜の排泄物を流していたり、過剰に施肥していることもある。つまり、地下水をつくり出すと同時に、汚染原因を生み出してしまう可能性もあるのです。

この問題を「上流域は地下水を汚染する」、「下流域は地下水を汚染された」と加害者と被害者のようにとらえるのではなく、流域全体の問題としてとらえ、下流域も硝酸態窒素削減対策に協力できるしくみがつくられました。具体的には、施肥料の少ない野菜、無農薬栽培の野菜に特別の表示をつけ、それを流域の消費者がささえるというものです。流域で水を保全する場合、水の汲み上げなど量の問題ばかりが注目されますが、同時に質の問題も重要です。双方の問題を流域全体で共有し、解決の道を模索する必要があるでしょう。


地下水涵養型の安曇野ルールができるまで

自治体の地下水に関する取り組みのうち、「地下水涵養ルール」に重きを置いたのが、長野県安曇野市の指針です。取水の際の届け出といった「採取ルール」に加え、企業や市民の負担金による「転作田への水張り」などの地下水を増やす策を盛り込んでいます。

安曇野市では数年前から、湧き水の水位が下がり、名産のワサビが枯れ、栽培できないという声が上がるようになりました。安曇野の湧き水や地下水は、養魚・農業・ワサビ栽培、生活用水、工業用水などに利用されています。地下水の減少が指摘されるものの、地下水利用に関するルールはなく、保全や涵養に対する具体的な取り組みがされていませんでした。

2011年7月、関係者によって地下水保全対策研究委員会(会長:藤縄克之信州大教授・地下水学)が発足しました。当初は「呉越同舟」という雰囲気でした。水利用をめぐっていままで対立関係にあった人たちが顔を揃えたからです。それまでは「ペットボトル水メーカーが来たから水が減った」「ワサビ田を拡張し過ぎたことが水が減った原因だ」などと互いを責め合っていました。

名産品のワサビを育てるには清浄な水が必要です。ワサビ農家が湧き水を調査すると、水量が年々減り続けていることがわかり、市に地下水保全策を要望しました。「ペットボトル水メーカーによる取水、市の水道水源のための取水によって地下水位が下がれば、湧き水が出なくなり、安曇野の産業や観光の柱の一つであるワサビ栽培ができなくなる」(ワサビ農家)という主張です。

一方、ペットボトル水メーカーは、「北アルプスが育む地元の水資源を名水として全国に販売するなど魅力をPRしているし、地元の雇用など市と一体となって利益を生んでいる」と主張します。両者の板挟みに遭い、市は頭をかかえていました。

地下水保全対策研究委員会で藤縄会長はまず、1986年と2007年の地下水位調査をもとに、市の地下水が年間600万トン減少していることに注目しました。「将来にわたって安曇野の地下水を利用していくには、地下水を増やさなくてはならない。そのために利用者全員で協力しよう」と言う藤縄会長の言葉でメンバーは一つになりました。

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日本最長の河川である信濃川の最上流に位置する松本盆地には、数百メートルにおよぶ砂礫層が堆積しており、帯水層中には琵琶湖の総貯水量の3分の2におよぶ地下水が貯えられています。松本盆地の中央に位置する安曇野市は地下水を資源として活用し、ペットボトル水約850億円、ワサビ園などの観光約76億円、ワサビ栽培約36億円、水道約20億円など、地域経済を発展させてきました。

地下水利用者同士で、「誰が多く使ったから減った」ともめる方向から、みんなの地下水をみんなで保全しようという方向にシフトしたのです。「いままで使った分」から「これから使う分」へと意識が変わったと言えるでしょう。

2012年8月、委員会は最終報告書をとりまとめ、市長に提出しました。報告は、地下水涵養の具体的方法、地下水を利用する際の料金負担方法の二つの柱からなります。涵養事業の資金となるのが利用者から徴収する協力金です。地下水を利用する際の料金負担方法としては「継続的な方法で」「広く薄く」「一つの方程式で負担」することが確認されました。

料金は、「地下水の単価」×「地下水利用量(取水量-涵養量)」×「負担能力に関する係数(資本金の多寡と外国資本の割合)」×「地下水影響度に関する係数(深いところから汲み上げたほうが影響が大きい)」によって算出されます。

この公式では、涵養量が増えるほど料金負担は低くなります。利用者が積極的に地下水涵養を行なえば、「地下水利用量」が減るため負担金はゼロに近づき、同時に、地下水量の減少に歯止めがかかります。地下水涵養の方法、料金負担方法ともに、ここまで具体的なものは全国的にも珍しく、今後この「安曇野ルール」を参考にする自治体は増えることでしょう。

今後も地下水を守る自治体の動きを見守り、応援していきたいと思います。

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(水ジャーナリスト 橋本淳司)

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