ニュースレター

2012年04月17日

 

自然に学ぶ技術から、自然に学ぶ人間社会へ

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JFS ニュースレター No.115 (2012年3月号)
シリーズ:JFS「自然に学ぼう」プロジェクト 第6回


はじめに

昨年8月に始まった「自然に学ぼう」プロジェクトでは、有識者へのインタビューや、自然に学んだ技術の開発エピソード、カテゴリ別の事例集などで多くの事例をご紹介してきました。
http://www.japanfs.org/ja/pages/031297.html

今回は、ものづくりなどの技術的側面だけでなく、人間の社会システムも自然から学べるのではないか、という観点で、CSRと生物多様性がご専門の、ブレーメン・コンサルティング株式会社代表の岡本享二氏にお話を聞かせていただきました。

近年、ますます注目が集まるバイオミミクリや自然に学ぶものづくり。これらは、技術開発や工学上の制約や課題を、生き物の生態や形態、動きや素材にあてはめてとらえなおし、自然はどのように問題を解決してきたのかにヒントを得て、発展してきました。

一方で、より環境負荷の低い製品を作れるようになっても、最終的に捨てる製品を作り続けていては、、捨てたものが循環しないでたまり続けていきます。現代では、国や地域間の公平性の問題、将来世代への環境・経済・社会負担の問題、人間の生産消費・生活行動によりダメージを受ける生態系の問題など、環境と社会の問題は複雑に絡み合っています。ひたすら効率と合理性を求めて作られてきた現在の社会システムについても、問題点が指摘され始めています。

人間社会や地球環境が抱える課題を、自然はどう解決するのか。岡本氏は、動植物の構造、生態、社会行動や発酵技術など、自然からの学びを社会システムに生かすことに焦点をあてた研究活動と提言を続けており、東北大学と首都大学の大学院でも教鞭を取られています。


昆虫の脳と社会システム

いくつか例を見てみましょう。昆虫の脳の質量は、人間の脳の100万分の1ほどしかないと言われています。それにも関わらず、どのようにして、素早く動き、餌をとり、種を存続させることができているのでしょうか。その秘密は、脳の形状と配置にありました。人間の脳は100パーセントが頭部に集中しているのに対し、昆虫は50パーセントが頭部に、残りの50パーセントは神経脳として全身に散らばっており、この神経脳の働きで素早い判断と行動を可能にしているのだそうです。

この人間の頭脳と昆虫の神経脳のあり方は、人間社会でいう中央集権型と地方分散型システムになぞらえることができます。例えば、災害時の危機管理では、中央集権的な対応ではうまくいかなかった事例が報告されています。

2005年、ハリケーン・カトリーナが米国に大きな被害をもたらしたとき、上陸の規模と位置が正確に予測されていたにも関わらず、連邦政府と州政府の連携の乱れや意思決定の遅れが対応の遅れを招きました。一方、メキシコ湾岸地域に住んでいたアマチュア無線家は、いち早くカトリーナの上陸に備えるよう連絡を取り合い、自前の発電機などの機材を用意して通信ネットワークを確保するべく対応し、救援が必要な現地の状況を発信し続けることができました。

2011年の東日本大震災でも、連携の乱れ、判断の遅れで行政による支援物資の輸送や分配などの対応が追いつかない中、その場で状況を判断し、現場を支えたのは現地の市民、駆けつけたNGOやボランティアでした。米国のアマチュア無線家や日本の市民・NGO・ボランティアは、昆虫の神経脳のようにすばやく判断し、行動したのです。

こうした経験から学び、地域ごとに近隣の2地域とトライアングル状にパートナーシップを結び、1地域での災害を2地域で支える。こうしたパートナーシップを網の目のように全国各地に張り巡らせて危機対応にあたる「防災トライアングル都市構想」を、岡本氏は提案しています。


蜘蛛の巣と社会システム

身近な蜘蛛も、人間社会にとって大事な視点を教えてくれます。

米国の教育学者、マーガレット・ウィートリーは、一部を押しただけでも全体が揺れ、大きな獲物がかかったときには軟らかく受け止めて、巣全体を使って捕まえる蜘蛛の巣のあり方に人間社会も学べないかと述べています。このような人間社会のあり方は、血縁者の一族や村全体で支え合ってきた古来の日本の社会に通じるものがある、と岡本氏は指摘しています。

一方で、この数十年で急速に発展してきた企業社会での慣例においては、同じ大きさのレンガを取り替えるように人材を入れ替えており、そこで働く人々の心身に大きなストレスを与える様子も多く見られます。部分対応的な人事制度を見直し、組織全体で支える仕組みにできないか、蜘蛛の巣のあり方は、私たちに考え直す材料を与えてくれます。


社会システム発酵理論

社会システム発酵理論とは、2008年に岡本氏が命名した考え方です。酵母菌が発酵し、急速に増えるとき、同じ菌が次々に増えていくだけで、増殖をサポートするためだけの間接的な菌や器官は存在しません。それに対して、企業などの人間の組織では、大きくなるにつれて、総務、管理、監査、CSRなどの組織を支える間接部門が必要となり、さらに階層化していきます。また、グローバル展開で企業が世界に進出し広がっていくときには、各地でさまざまな軋轢が生まれることも少なくありません。

京都に本社を持つマイファームという企業では「自産自消ができる社会へ」を企業理念として、個々の地主からの依頼により、全国各地に見られる耕作放棄地を引き受けて、人々が農業を体験できる貸農園に生まれ変わらせるという事業を展開しています。会社設立からわずか5年で、マイファームの手がけた貸農園は、関西から東海・関東へと広がりつつあります。岡本氏によれば、マイファームのように小規模でありながらも広範囲に広がり数を増やしていく様子や、近年注目されている小額での融資を進めるマイクロファイナンスという金融システムも、社会発酵理論の好例だといいます。


古くからの知恵と暮らし、そして未来の社会システムへ

こうして、自然のしくみに学ぶ人間や社会の好例を見ていくと、古来の社会システムにあったものが少なくないことに気づかされます。近年、スウェーデンの言語学者、ヘレナ・ノーバーグ・ホッジの著書「懐かしい未来」に紹介されたように、チベットのラダックでの伝統的な暮らしへの共感が世界的に広がっています。


20世紀中、大きな資本を投じて進められてきた開発は、地球環境や社会秩序の破壊を引き起こしました。こうした問題が明らかになるにつれ、グローバリゼーションに対し、ローカリゼーションへの回帰の動きも見られるようになっています。かつての地理的な条件で分散・分断されてきた地域社会も、コンピュータ技術と高速通信技術が高度に発達した現代では、各地域がつながりを保つことができ、かつての地域社会とは異なる発展が期待できます。

これからの社会システムの可能性について、岡本氏は次のように語ってくれました。

「21世紀は自然になぞらえた発酵理論・蜘蛛の巣の発想・昆虫脳の示唆を踏まえて、エネルギーの使用を押さえ、環境破壊を起こさない社会システムの構築が可能です。自然に学ぶ社会システムの構築は従来の、と言っても、ほんの100年余りですが、社会の発展の概念を根底から変えることができます。酵母菌のような小さな組織の集まりを、蜘蛛の巣のようなネットで結び、地域の文化や風土を活かす。21世紀の方式は多様性にも強いのが大きな特徴です。」


おわりに

生き物の構造や行動、自然のしくみは、個々の課題解決へのヒントを与えてくれました。人間の歴史の中で作られてきた現在の福祉や金融などの人間社会のシステムは、今も続いているものですら、長くて数十~数百年の歴史しかありません。それに対して自然のシステムでは、数十億年の歴史の中で、より洗練されたシンプルなシステムだけが残り、今に至っています。

国や地域にまたがる問題、将来世代への問題、人間と生態系との問題を考えるとき、生態系のシステムや関係性を広い視点から見ていくことで、私たちはどれだけ多くの学びが得られるでしょうか。人間社会に与えてくれる学びに思いを馳せれば、生態系を守る意義は、より大きなものとなるでしょう。

自然に学ぶ人間社会の応用研究は、まだまだこれからです。自然のしくみに似たユニークな組織のあり方や地域の暮らしの伝統や思想など、おもしろい事例があれば、ぜひお寄せください。お待ちしています。


(スタッフライター 坂本典子)

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