ニュースレター

2012年02月21日

 

3.11の教訓 ~ レジリエンスの重要性について その2 経済や社会、暮らしのレジリエンスを高めるために大事なことは?

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JFS ニュースレター No.113 (2012年1月号)

前号で「何かあってもまた立ち直れる力」「しなやかな強さ」としての"レジリエンス"という考え方を紹介し、東日本大震災は日本の社会や経済が短期的な経済効率を唯一の目標であるかのように追求するあまり、中長期的なレジリエンスを失っていたことを見せつけたのではないかと述べ、レジリエンスを作り出す鍵の1つは「多様性」や「冗長性」だと書きました。社会や経済、私たちの暮らしのレジリエンスを高めるために、3つの大事な(だが、ふだん看過しがちな)ポイントがあると思います。

1つは「時間軸」です。たとえば、企業も四半期の利益だけを考えたら、研究開発などせず、社員を減らしていったほうがコスト削減になりますから、短期的な利益は上がります。しかし長期的に考えたら、将来のための研究開発をおこなわない会社の行く末はどうなるのでしょうか? 人を減らした職場では、ストレスが高まり、生産性も落ちていくでしょう。

企業でも経済でも社会でも、「短期的にはプラスにみえても、長期的にはマイナスになる」ことがたくさんあります。しかし今の経済や社会では、短期的なものしか評価しないと言っても過言ではないでしょう。株価や役員報酬にしても、「この会社は将来にわたって、どのくらいのしなやかな強さを持つか?」は関係なく、主に直近の財務状況によって決まりますから、短期的なプラスの最大化に動かざるをえなくなっています。

私たちの社会の時間軸は、残念ながら、以前にも増して短期的になってきているように思います。どっしり構えて長期的な視野で判断するのではなく、短期的な目の前のことだけで判断してしまう......。

社会のペースがどんどん加速し、時間軸が短期的になっていくとしたら、本当に大事なことをじっくり考えようと思っても、「今はそれどころじゃない」といって跳ね返されてしまうでしょう。そう考えると、ゆっくりとじっくりと、大事なことを大切に考えられるペースで暮らせるように、どのようにして社会のペースダウンをはかり、どのようにして社会の時間軸を伸ばしていけるかがひとつのポイントです。

10年近く前から仲間と一緒に「100万人のキャンドルナイト」という活動をしています。JFSもパートナー団体として、世界への発信を手伝っています。「夏至と冬至の夜に、2時間電気を消してゆっくりロウソクで過ごしましょう」というそれだけの呼びかけですが、社会の加速するペースをこのときだけでもスローダウンし、そこで感じることや気づくことから考え直してみるきっかけになれば、と思っています。

時間軸を考えるときに大事なのが「良くなる前に悪くなる(Worse before Better)」というシステム思考の考え方です。世の中には2種類の問題があると考えます。1つは、「簡単な問題」です。簡単な問題は、最終的な解決策となる取り組みは、取り組みを始めてすぐから良い結果を生み出す、というものです。政治家や経営者は、このような問題にはすぐに取り組みます。なぜなら、本来すべき正しいことをすれば、次の選挙なり次の四半期の査定なりのときにも、よい評価が得られるからです。

しかし、地球温暖化やエネルギー危機をはじめ、現在の社会が抱えているさまざまな問題は、もう一つの「難しい問題」なのです。難しい問題とは、先ほどの研究開発を減らした企業のように、「短期的な改善策が、長期的には事態を悪化させてしまう」一方、「本当にすべき正しい取り組みは、短期的には事態を悪化させる不人気な取り組み」というものです。

業績が悪化し始めた企業は、「時間がかかり、当面は不人気な根本的な解決策」(すぐに結果は出ないが、将来のために研究開発を進める、など)よりも、「当面よく見えるが、実は解決につながらない、または事態を悪化させる対症療法」(当面の財務状況を好転させるために、研究開発費を減らす、など)を採りがちです。

別の例を挙げましょう。ある部署の仕事が増えてどんどん忙しくなってきたとき、本来すべきことは増員かもしれません。しかし、そうしようとすれば、採用や教育に時間がかかり、そのためにその部署の人の時間が取られてしまうので、一時的に生産性は落ちるかも知れません。

しかし、多くの組織は、仕事が増えてきているのに採用や教育に人手を割くわけにはいかないと、根治策を採りません。代わりに、今働いている人たちを残業/休出させて、増えた仕事をさせます。確かに、今働いている人たちが増えた仕事をやるのが短期的には最も効率的でしょう。しかし、長くは続きません。過労やストレスから、心身の問題を起こし、どんどん辞めていくかも知れません。長期的な根治策ではなく、短期的な対症療法を採ったために、事態はさらに悪化してしまいます。

「長期的によい」ことが「短期的にもよい」のであればやりやすいのですが、多くの問題は、そうではない「難しい問題」であり、長期的に解決するには、短期的には悪化する「Worse before Better」という性質があることを理解した上で、長期的な時間軸を持つことが必要です。そうしないと、短期的な効率や売上、GDPなどの最大化だけを追求するあまり、「何かがあったときにしなやかに立ち直れる力」をないがしろにしてしまいます。

レジリエンスを高めるために大事な2つめの点は、「指標」です。社会や私たちが何を大事なものとして測るのか、ということです。多くの場合、現在の社会の指標はGDPでしょう。GDPが何を測っているかをよく知らずに、みんなGDPが上がると「うれしい」と喜び、下がると「大変だ」と言って手を打とうとします。

東日本大震災の直後に、ある海外アナリストが「これで低迷していた日本のGDPは数年後に上がるだろう」と言っているのを聞いて、非常に腹立たしく思いました。確かに、あれだけのものが破壊されたわけですから、復旧・復興のためにさまざまなモノや多くの人が投入され、それらの経済的価値を考えれば、GDPは増えるのかも知れません。でも「大震災のおかげで増えるGDPって何なの? あれだけの悲しみと不幸を作り出した地震や津波のおかげでGDPが増えて、うれしいと喜んでいてよいの?」と思いませんか。

指標は、上がったり下がったりすることで人の注目を引き、人々の行動に影響を与える力を持っています。ですから、どのような指標を社会の指標にするかは非常に重要です。逆に言えば、指標を変えれば、人々の行動や社会の構造すら変えられる可能性もあります。

最近、日本でもブータンのGNH(Gross National Happiness)のように、国民の幸福を指標の一つとして考えようという動きが出てきています。しかし大事なのは、ここで測ろうとしているものが、その瞬間の短期的な幸福だけではなく、中長期的なレジリエンスの観点も反映しているかどうか、です。

災害や事故に遭ったり、怪我や病気をしても支えてくれる、まわりの人やコミュニティのつながりやサポートシステム、社会のセーフティネットが整っているかどうか、障害や失業、失敗などのマイナスの状況に置かれた人に対して社会がどのような規範や通念、価値観を持っているか、国民一人ひとりが自分の持てる力を発揮できるよう、教育や医療などがどれほど全国民に開かれているかなど、中長期的な幸せのために大事なことがいろいろあります。

こうしたレジリエンスの観点や側面をどうやって測ればよいか、どうやって政策に組み込んでいけばよいか――ぜひ考えていきたいと思っているので、参考になる事例や考え方などを、ぜひ教えて下さい。

そして、社会のレジリエンスを高める上で大事な3つめの点は、異質なものや自分と異なる意見や考え方を排するのではなく、多様性の力を活かすことです。これは、歴史的に同質性の高い社会と言われてきた日本にとっての大きなチャレンジです。そして、そのための鍵の1つは「対話」だと考えています。

日本ではレジリエンスという言葉の日本語も定まっていないように、レジリエンスの重要性に気づき始めたところかもしれません。本当の意味で「持続可能な社会」を創っていく上で欠くことのできない大事な観点です。これからも調べ、学び、考え、伝え続けていきたいと思っています。

JFS関連記事:「3.11の教訓 ~ レジリエンスの重要性について その1」
http://www.japanfs.org/ja/join/newsletter/pages/031564.html


(枝廣淳子)

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