ニュースレター

2010年12月07日

 

スマートグリッドからスマートコミュニティへ

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JFS ニュースレター No.96 (2010年8月号)

最近「スマートグリッド」という言葉をあちこちで聞くようになってきました。この号では、「これはどのようなものなのか、私たち――個人や企業、自治体、国や社会――にどのような影響を与える可能性があるのか」を説明し、次号で日本で進められている実証実験などの具体的な動きについてご紹介しましょう。

世界は温暖化という大きな問題に直面しています。そして、おそらく日本にとっては、温暖化よりも先にエネルギー不足が大きな問題になるのではないかと思っています。私たちの暮らしも経済も社会も、エネルギーなしでは営むことができないのですが、日本は一次エネルギーの8割以上を石油・石炭・天然ガスといった化石エネルギーに頼っています。

化石エネルギーは枯渇性です。これまではだいたい世界の需要にあわせて供給できていましたが、近年「ピークオイル」――産油量がピークに達してそのあと減っていくタイミング――がいつ来るかが大きな注目を集めています。なぜなら、ピークオイル後の世界では、需要は増え続けるのに供給は減っていくことから、必ずや原油の価格が上昇していくからです。地質学者や研究所の予測を見ると「すでに来た」「まだ先だ」という予測もありますが、あと数年でやって来るのではないかという見通しが最有力のようです。

日本は化石エネルギーをほぼ100%輸入に頼っています。日本の化石エネルギーの輸入代金を見ると、1998年には約5兆円だったのが、2008年には約23兆円に大幅に増えています。このうち、消費量の増加によるものは約1兆円、残りの17兆円は化石エネルギーの価格上昇によるものです。政府の長期エネルギー需給見通しでは、原油1バレルの価格は2005年の56ドルから2020年には121ドル、2030年には169ドルになると予測しています。つまり、消費量が同じでも海外への支払い代金は2倍、3倍へと増えていく可能性があるということです。現在の日本の財政状況を考えると、これは現実的ではありません。

では、日本はどうすべきなのでしょうか? 現状立脚型ではなく、「あるべき姿」を考えるバックキャスティング方式で考えれば、エネルギーの消費量はできるだけ減らし、輸入でなく国内で生み出せる低炭素型のエネルギーに転換していく必要があることがわかります。省エネや再生可能エネルギーなど、そのための技術も進歩しつつあります。そういったさまざまな技術を結びつけて、「あるべき姿」を可能にしてくれる大きなインフラ的な技術が、スマートグリッドもしくはスマートエネルギーネットワークなのです。

化石燃料中心・CO2多排出型の世界から再生可能エネルギー中心・低炭素型の社会へ、世界中が移行しようとしている中で、大きな鍵を握っているのがスマートグリッドだといえるでしょう。ですから、日本だけではなく欧州でも米国でも、そして国だけではなくて都市も産業界も、この分野での競争力をつけ、世界のデファクト・スタンダードを自分たちが作っていこうと、熾烈な競争を繰り広げているのです。

では、スマートグリッドとは何でしょうか? 「賢い電力網」というとおり、IT機能を上手に使って、顧客と電力会社の間で電力の使い方やつくり方、ため方、電力の種類や料金などに関する情報をやりとりすることで、電力を賢く使っていく仕組みです。

国や都市がスマートグリッドを推進している理由やその目的はさまざまですが、大きく分けると、「停電を減らすなど電力の安定供給のため」「省エネやピークシフトなどエネルギーの使い方を変えていくため」「再生可能エネルギーの大量導入のため」「電気自動車やプラグインハイブリッドといった次世代自動車のインフラとして」などです。

欧州では、エネルギーを地政的リスクとして考えており、輸入エネルギーに頼らず、できるだけ域内で供給できる体制を目指しています。エネルギー統合を通して、温暖化対策の目標である「トリプル20」――2020年までに省エネ20%、再生可能エネルギー20%、温室効果ガス20%削減――に取り組むと同時に、メッシュでつながっている域内のどこかで大量の再生可能エネルギーが導入されても全体の安定性を保てるようにしよう、という考えです。また、日本では当然のことですが、毎月の検針に基づいて正確に使用量分だけ支払う仕組みに変えていきたいという国もあるようです。

米国では、送電網の老朽化が問題となっています。日本の数倍もの頻度で起こる停電が経済や国民生活に大きな損失をもたらしており、電力網の安定性を確保することは喫緊の課題です。また、オバマ大統領が中東やベネズエラからの原油輸入をゼロにすると公約しているように、できるだけ国内エネルギーを上手に使っていくと同時に、電気自動車やプラグインハイブリッドで遅れをとった自動車産業の巻き直しを図る考えもあるようです。

一方、インドやブラジルなどこれから経済が成長していく地域では、新しい電力需要に対応していくためのインフラとして必要だと考えています。

また、興味深いのが「スマートシティ」に向けた都市の取り組みです。都市を運営するには、電力だけでなく、ガスや熱、水素や蒸気など、さまざまなエネルギーが必要です。エネルギーのみならず、交通や廃棄物などのインフラもすべて統合して都市全体をスマート化しようという動きです。そういったスマートシティを知的財産化して輸出しようというところもあります。

では、日本ではどうなのでしょうか? 電力の安定供給はできており、これから需要が大きく増えるわけでもない日本では、再生可能エネルギーの大量導入への対応が大きな目的となっています。

日本では太陽光発電に力を入れています。メガソーラーといった大規模な太陽光発電所が増えている欧州とは違って、日本の場合は主に家庭用太陽光パネルを大量に増やしていく計画です。「2020年に25%削減」に向けての中長期ロードマップでは、「2020年までに1000万世帯に太陽光パネルをつける」としています。つまり、全国の発電量の4分の1に達する規模の「超」分散型の太陽光発電を、電圧の安定性を保ちながら制御するという、極めて高度な技術と仕組みが必要になってくるのです。

また、日本の家庭で使っているエネルギーの約半分は暖房と給湯用です。ここで必要なのは、低温の熱エネルギーなのです。現在日本では「オール電化」が進んでいることもあって、暖房や給湯にも電力を使うところが増えてきましたが、何らかのエネルギーをいったん電力に替えて、さらに電力を熱に替えると、変換のたびに効率が落ちます。家庭の低温の熱エネルギー需要を太陽熱などでまかなおうという動きも出てきており、東京都などではグリーン熱証書という取り組みを通じて、太陽熱利用を促進しています。このような熱エネルギーの制御にもスマートエネルギーネットワークが必要です。

このように、IT技術を活用してのスマートハウス、スマートビルディングなどの取り組みが進められていますが、同時にそこにいる人々も"スマートピープル"にしていかなくては役に立ちません。人々の行動を変えるためには、いくつかのやり方がありますが、スマートグリッドもしくはスマートエネルギーネットワークがここでも役に立ちます。

1つは「見える化」です。家庭でのエネルギー消費量および料金とのつながりを見える化することで、「今は電気代の高い時間帯だから使うのを控えよう」など、需要に影響を与えることができます。もう1つは、消費者がバーチャルなコミュニティをつくって互いに学び合ったり情報交換をしたりすることを通じて、行動変容や新しいライフスタイルの伝播を促進することができます。日本のスマートグリッドやスマートコミュニティは技術面に焦点があたっていますが、こういった人間の側面も考えていくことが大事です。

では、スマートエネルギーネットワークを構築することで、どのような社会になっていくのでしょうか? その未来像を皆で話していく必要がありますが、ここでは私自身が描いているイメージをお話ししましょう。

それは快適さや便利さは失わずに保ったままで、消費エネルギーやCO2排出量を極限まで削減できる社会です。「見える化」で人々の行動を変えるほか、あらかじめ設定したり学習機能でその家庭の行動パターンを学んだりすることで、最高の省エネ性能を持つ家電を状況にあわせて賢く使えるようになるからです。人がいない部屋の電気は消えるよう設定しておく、夜間にはあまり冷蔵庫を開けない家庭だったら、夜には冷蔵庫を「弱」に自動で切り替えるなど、各家庭の状況に合わせて、必要な快適さは提供しつつ、エネルギー消費量を最少にすることができます。

エネルギー供給も、自宅で太陽や風などのエネルギーを活かして電力や熱などをできるだけつくり、自分の家で蓄え、必要な時に使うことができます。過不足は自動的に近隣の家庭と融通・調整します。スマートハウスの集合体であるスマートコミュニティです。風が強い地域なら風力発電、森がたくさんあるならバイオマス燃料など、それぞれの地域が得意とする再生可能エネルギーを中核に自律的なエネルギーシステムを構築し、それが緩やかにつながって、全体として日本のエネルギーが自律的に自立する、というイメージです。

こういう社会が実現したら、雨でも風が吹かなくても、地震や台風が来て大規模発電所が止まっても、中東や世界で何が起ころうとも、石油が1バレル300ドルになっても、それでも私たちは暮らしや経済を安定して営むことができます。自分たちのせいで温暖化を進めてしまうのではないかという罪悪感を抱くことなく、私たちの世代も未来世代も、安心して生きることができます。さらに、そのような日本のあり方が世界のモデルになり、産業界はそれを競争力の源泉としてほかの国にも普及していくことができる――私はそんな日本を夢見ています。


(枝廣淳子)

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