ニュースレター

2009年09月15日

 

企業の農業参入 ― 日本の農業に大きな変化のうねりを

Keywords:  ニュースレター 

 

JFS ニュースレター No.81 (2009年5月号)
シリーズ:持続可能な社会を目指して - 日本企業の挑戦 第79回

いま日本では、「食」の安全性や低い食料自給率問題への関心の高まりを背景に、農業が脚光を浴びています。この号では、日本の食料や農業の現状と、新しい動きや今後の見通しをご紹介しましょう。

食料自給率の低下

農業が大きな注目を集めつつある背景には、大きく3つ、低い食料自給率、農村の荒廃、そして「食」の安全の問題があります。

日本の食料自給率(カロリー換算)は、今から44年前の1965年度は73%でしたが、以後低下し続け、2008年度は40%しかありません。アメリカの自給率は128%、フランスは122%、ドイツ84%、英国70%。日本の食料自給率は、主要な先進国の中で最低なのです。戦後、自給率の高い米の消費が減り、自給率の低い畜産物や油脂の消費が増えたことにより、食料全体の自給率が低下したと考えられています。

一方、世界では、2008年前半に穀物の国際価格が過去最高値を記録しました。世界的な人口増などの構造的要因には変化はなく、国際的な食料需給は不安定なまま推移すると考えられており、食料自給率の低さが大きなリスクとなることが懸念されています。

日本の食料自給率農林水産省「食料自給率の部屋」
http://www.maff.go.jp/j/zyukyu/index.html

食料自給率とは
http://www.maff.go.jp/j/zyukyu/zikyu_ritu/011.html

農村の荒廃 ― 食糧生産基盤崩壊の危機

食料自給率と同様に深刻なのが、現在の日本の農業が抱える耕作放棄地(または遊休農地)の増加、農業従事者の高齢化、深刻な後継者不足といった問題です。耕作放棄地は1985年までは全国で約13万ヘクタールの横ばい状態でしたが、それ以降、増加を続け、2005年の時点で約38万6千ヘクタールとなっています。また、農業従事者の37.8%農業を主とする農業就業人口の58.2%が65歳以上の高齢者です(2005年農林業センサス・農林水産省より)。

1952年に制定された農地法の趣旨は、「農地はその耕作者自らが所有することを最も適当であると認める」いわゆる自作農主義で、耕作者の農地取得を促進し、原則として法人の農地取得などを制限してきました。この主義は、戦後の農村の民主化に寄与してきましたが、一方で農業経営規模の零細化や、農地が数カ所に分散し、しかもそれが他者の農地と混在している日本特有の状態を生み出す大きな原因となりました。

このままでは日本の食料生産基盤が崩壊しかねない深刻な状況を受けて、法制のレベルでも、借地も含めた農地の流動化・規模拡大、多様な担い手の確保を進めるため、企業の農業参入の規制緩和が始められました。昨今、食の安全性を問う事件が頻繁に起こっていることもあり、食品に安全・安心を求める消費者の声が強まっていることも、こういった動きを後押ししています。

ここで、独自の視点で農業に取り組んでいる流通グループのセブン&アイ・ホールディングスの「セブンファーム富里」の取り組みをご紹介しましょう。

セブンファーム富里 ― 消費者の声が活かされる循環型農業を

2008年8月、コンビニエンスストア、総合スーパー、百貨店の各業界の大手を傘下に持つ流通グループのセブン&アイ・ホールディングスは、富里市農業協同組合の協力により、グループ初の農業生産法人「セブンファーム富里」を千葉県富里市内に設立しました。約2ヘクタールの農場を利用し、そこで大根・ブロッコリー・人参などを栽培。初年度は年2回の作付けで約130トンを収穫する予定です。
http://www.japanfs.org/ja/pages/027986.html

同社の特徴の一つが「完全循環型のリサイクル・ループ」を構築しているという点です。千葉県内にある、グループ子会社・イトーヨーカドーの店舗から排出された食品残さを肥料として再生・活用。収穫された農産物を、千葉県内の店舗で販売しています。

もう一つの特徴は、生産農家であるJA富里市組合員とイトーヨーカドー社員が一緒になって農作物の生産に取り組んでいることです。共同出資者(JA富里市組合員)津田博明さんは「これまでの複雑な流通経路ではわからなかった店舗での売れ行き情報や、食品の安全・安心に関するお客様の声を直接得ることができます」と言います。

これらの情報を日々の栽培状況に反映させながら、消費者のニーズに合った安全・安心な農作物を育てようと努力しています。また、大きさ・形状など生鮮食品としては規格外のものも、コンビニエンスストアやレストランの食材に活用することで、無駄を出さないよう工夫しています。

2009年春からは農場を4ヘクタールに広げて、栽培品目や販売店舗を拡大していく予定です。「セブンファーム富里」には、地元の農業従事者と対話しながら、地元「富里」にしっかりと根をはった事業に発展する可能性があります。

セブンファーム富里
http://www.7andi.com/csr/pdf/2008_03.pdf

ほかにも、直営農場で有機野菜を全国8農場でリレー栽培し、その安定供給に取り組む「ワタミファーム」(外食産業ワタミグループ)、ハンバーガーチェーン・モスバーガーのトマトを安定供給している「サングレイス」(モスフードサービス、野菜くらぶが出資)など、外食産業からの参入もさかんです。

法制の整備 ― 農地を有効利用するために

法人の農業参入は2003年度に構造改革特区で認められ、2005年9月からは全国で認められました。企業が農業に参入する仕組みはこれまで2つあり、1つは「農業生産法人」を新設したり、既存の法人に出資したりする方式、もう1つは企業自身が市町村や農業協同組合(農協)などから農地を借りて社員が農作業にあたる「特定貸付事業(農地リース方式)」です。

農業生産法人は、2008年1月現在で1万社を超えましたが、農地の権利を取得するためには、構成員の4分の3以上が農業関係者、役員の過半数が常時農業に従事する者である必要があるなど一定の要件を満たす必要があり、他業種の企業が参入しやすい状況とはなっていないと言われます。

2005年に本格的に始まった農地リース方式にも問題がありました。実際の貸し付け農地の約6割が耕作放棄地等であったため開墾と土作りに大変苦労すること、農地が分散しているため、まとまった規模の農地を確保できないことなどです。農林水産省は2010年までに参入企業を500とする目標を掲げていましたが、実際の農業参入の状況(2008年3月)は135市町村で281法人と、大きな進歩とはなりませんでした。

このような状況を打開すべく、農地の貸借自由化などを柱とする農地法改正案が2009年5月8日、衆院本会議で可決されました。同改正案は、農地の貸借規制を緩和し、一般企業を含む多様な主体に農業参入の機会を与え、同時に農地面積の減少を食い止めるため、農地の転用規制を強化します。農地の有効利用を促進するため、農地の利用集積を図る事業の創設も盛り込まれます。

農業に参入する企業に追い風が吹き始めました。生産だけでなく、流通、販売までを視野に入れた事業展開により、農業と経済がより円滑につながったしくみが構築され、そして日本の農業に大きな変化のうねりが生まれることが期待されています。またその変化を受けて、これまで地道に農業に取り組んできた農家も、たとえば、「どんな作物を、どのように、誰に届けたいか」という営農理念を、もっと社会や消費者にアピールし、これまでのような農協を通しての共同販売だけではない、さまざまな市場の仕組みも増えてくるかもしれません。

日本の農業と食は再生できるのか――エネルギーの枯渇や温暖化、水不足などから、食料不足の時代が来ると言われている中、大きな注目と期待が集まっています。


(スタッフライター 二口芳彗子)

English  

 


 

このページの先頭へ