ニュースレター

2006年09月01日

 

個をつなぎ、アジアをつないで 未来をつくる - 「持続可能な開発のための教育の10年」推進会議・ESD-J

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JFS ニュースレター No.48 (2006年8月号)
2005年、国連による教育キャンペーン「国連持続可能な開発のための教育の10年」(以下「ESDの10年」)がスタートしました。これは、各国政府が持続可能な社会を実現するために必要な教育への取り組みを行い、またそのための国際協力が着実に推進されるよう、国連が全世界に働きかけるものです。

このキャンペーンは、ヨハネスブルグサミット(2002年8-9月)で、日本のNGOの提案を受けた日本政府が、同サミットの実施文書に盛り込むよう参加諸国に提案し、全会一致で承認されたものです。主導機関であるユネスコが作成し、2005年9月に採択された最終的な国際実施計画では、「地域に根ざした活動」や「教員養成教育の重要性」、そして「限られた省庁でなく、政府全体で国内実施計画作りに取り組む」「市民参加のプロセスを重視し、幅広い意見を得るためのフォーラムを設ける」ことなどを求めています。

各国は「ESDの10年」キャンペーンを受けて、国内の実施計画を策定中です。イギリスとスウェーデンは、すでに策定していた持続可能な開発のための国家戦略を基盤に、早くも実施段階に入っていますし、韓国やインドネシアなど、アジアの国々でも取り組みが進んでいます。

では、この教育キャンペーンの目的である「持続可能な開発」とは、どのようなものでしょうか? 国連「環境と開発に関する世界委員会」が1987年に発行した"Our Common Future"(邦題『地球の未来を守るために』)と題する最終報告書の中では、持続可能な開発を「将来の世代のニーズを満たす能力を損なうことなく、今日の世代のニーズを満たすような開発」と説明し、広く世界の支持を受けています。

持続可能な開発をすすめるためには、あらゆる世代が環境や世界で起きている社会・経済の問題に目を向け、ともに考え学ぶ機会を創り、大きな時間軸、空間軸で解決法を探っていくことが必要です。いま、そのためのしくみをつくり、人を育てる「教育」が必要となっているのです。

さて、提案国である日本では、どのような動きがあるでしょうか? 

「持続可能な開発のための教育の10年」推進会議・ESD-Jは、NGO・NPO・個人によって2003年6月に設立されたネットワーク組織です。2006年3月末時点で団体会員104団体、個人会員233名をメンバーに、ESDの推進につながる4つの活動----「政策提言」「情報共有」「地域ネットワークの形成」「国際ネットワークの形成」に関わる様々な活動を国内外ではじめています。そしてESDをキーワードに動き始めた地域が生まれています。そのなかから、ESDの意義を明確に示す事例をご紹介しましょう。
「持続可能な開発のための教育の10年」推進会議・ESD-J
Japan Council on the UN Decade of Education for Sustainable Developmenthttp://www.esd-j.org/

あらゆる活動をつなぐ--ESDとよなか

大阪の豊中市で、2005年2月より行政・市民団体の垣根を越え、豊中市のまちづくりを中心にすえた「ESDとよなか」という活動が始まっています。2006年5月に新市長に就任した淺利敬一郎氏もその政策大綱のなかで「ESD活動をすすめます」と謳っています。

空港や高速道路を抱える豊中には、騒音公害など地域の課題に対する市民の取り組みの下地がありました。1999年には、行政による「環境基本計画」と市民による「豊中アジェンダ21」という2つのローカルアジェンダを、同じ理念と目標のもとに策定。行政と市民による協働が、様々な分野で進んでいます。

それでも以前は、環境は環境に関心のある人々だけ、人権は人権に関心のある人々だけ、子育ては子育て中のお母さんたちだけ、と参加者がなかなか広がらず、同じまちに様々な活動が展開されているのに、お互いを知らない、という状況にありました。

そんなとき、2004年6月に行われた環境省の研修で豊中市環境政策室職員が「ESDの10年」を知ったことがきっかけとなり、まず市民と行政職員がESDを学ぶ場を持ちました。その中で、活動の分野や行政・市民という立場は違っても「新しい人に広がらない」という共通の悩みがあり、ESDをキーワードにすればどんな活動もつながる、ということがわかってきました。豊中の未来を次の世代へ渡すことが自分たちの責任だという共通の認識が、ESDが目指す「未来をつくる教育」と一致したのです。

現在、自らを「ゆるやかな組織」と呼びつつ、環境・福祉・ジェンダー・子育て支援などの活動を重ねてきた地域の人びとと行政担当者が集まってさまざまな活動を生み出しています。2006年2-3月に4回シリーズ講演「赤ちゃんからのESD」、3月19日にはESD-J理事森実氏、新海洋子氏を囲んでの学習会をひらくなど、ゆるやかにつながりながら、一歩ずつESDの10年を歩み始めています。

ESDとよなか
http://esdtoyonaka.net/

アジアをつなぐESD

ESD-Jが2006年に大きく進めようとしている事業のひとつに、アジアにおけるESDネットワークの構築があります。2005年9月に国内外のESD-J関係者など33名が参加した戦略会議が開かれ、アジア太平洋地域でのESDを推進するためのネットワーク(ESD-AP:ESD-Asia Pacific)を設立することで合意しました。タイ・韓国・日本のメンバーで準備委員会をつくり、まずは情報共有から始めようと、メーリングリストを開設、ESD-APの性格づけ(charter案の作成)、試験的な共同プロジェクトの検討、情報交換などをはじめ、ESD-AP設立準備に取りかかっています。

また、2006年度から「トヨタ環境助成プログラム」の助成を受け、日本を含むアジア7ヶ国でのESD推進をする、新しいプロジェクト「アジア地域ESD事例実践交流プロジェクト」(AGEPP)が始まりました。アジア各国のESD関連団体に呼びかけたところ多くの応募があり、審査の結果、韓国、中国、フィリピン、インドネシア、インド、ネパールの6ヶ国からカウンターパート組織が選ばれました。

このプロジェクトは、2006年からの3ヵ年プロジェクトで、アジア6ヶ国のESDを推進する団体とESD-Jの連携により、東・東南・南アジアの地域をベースにしたESDの実践事例を発掘・分析し、7ヶ国語のウェブサイトおよびハンドブックで共有することを目標としています。

さらに、3年間で、約30の事例を発掘するなか、ESDの指標や枠組みなども整理し、ESDが地域で成功するシナリオを発展させ、教材を作成してアジアのコミュニティに配付するほか、各国でESDを推進する、中心的存在の団体や研究者とのネットワークの構築も目的としています。

アジアでのESDの事例をひとつ紹介しましょう。2005年夏、ESD-Jがアジア諸国のESDの状況を視察する際、ジャワ島西部のグヌン・ハリムン国立公園の中にある農村マラサリ村を訪れました。ハリムンは100年ほど前にコーヒーのプランテーションで働いていた労働者が入植し、山を「手をつけず、ありのままの森を残すゾーン」「食べ物や油などを栽培・採集するゾーン」「田畑を耕し、人びとが暮らすゾーン」に分け、慣習にしたがって、土地を管理しながら生活していました。

しかし1970年代に、山は国によって国立公園に指定され、彼らがそこで暮らすことは違法となってしまいました。さらに、国営の林業公社は一部の山を林業区域と指定し、住民が入ることを禁止し、木を伐採し、松を植え始めたのです。この地域では国立公園、林業公社、鉱山採掘公社、そして住民の暮らすエリアがオーバーラップし、不安定な状況が今も続いています。

2003年に森で果実を採集していた女性に対する林業公社の職員の威嚇射撃事件が起こり、住民の緊張が一気に高まったとき、地元の環境NGO・RMI(インドネシア森林環境研究所)がこの地域に入り、住民が土地利用を示す地図を作る取り組みを支援しました。村人は約20人ごとのグループで、衛星利用の測位システム(GPS)を持って山に入り、伝統的な3つのゾーンに分ける土地利用の状況や、水場、畑など地域にある資源を自分たちで地図に記入しました。

国立公園だからと、住民の資源利用に制限を加えようとする行政に対し、自分たちで適切かつ持続可能な自然資源管理を行う能力があることを伝え、政府と交渉できるようになったのです。まだ行政は住民の提案を受け入れようとはしていませんが、RMIの支援のもと、今後も粘り強く政府と交渉を続け、自分たちの生活権を守っていこうとしています。

ESD-J事務局長の村上千里氏は、「世界のいたるところで、能力、情熱、センスのある人がこれまでもESDにつながる活動を進めてきました。これからは、一部の熱い思いの人たちに頼らなくても続けていける、進んでいけるしくみをつくりたい」といいます。そのためには国際レベル、国レベル、地域レベルで人と人をつなぎ、活動と学びをつなぎ、実践と制度をつなぐしくみが必要です。「ESDの10年」はまだ始まったばかりです。ESD-Jは様々なステークホルダーとともにそのしくみづくりを模索し、実現することを目指しています。

アジア地域ESD事例実践交流プロジェクト
(AGEPP=Asia Good ESD Practice Research Project)
http://www.esd-j.org/archives/000415.html

参加型地図作りで村の暮らしを守る インドネシア・マラサリ村(PDF)
http://www.esd-j.org/documents/ESDreport6.pdf

【参照サイト】
小冊子「ESDがわかる!」データダウンロード&キーワードリンク集
http://www.esd-j.org/j/book/book.php?itemid=1719&catid=132

JFS記事:「国連持続可能な開発のための教育の10年」実施計画を策定
http://www.japanfs.org/db/1409-j

用語:
「環境と開発に関する世界委員会」(WCED=World Commission on Environmentand Development、委員長の名前をとってブルントラント委員会とも呼ばれる)「アジア地域ESD事例実践交流プロジェクト」(AGEPP=Asia Good ESD PracticeResearch Project)
「インドネシア森林環境研究所」(RMI=Indonesian Institute for Forest andEnvironment)


(スタッフライター 二口芳彗子)

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