ニュースレター

2006年06月01日

 

「変えるメソッド」を経営へ - チェンジ・エージェント

Keywords:  ニュースレター 

 

JFS ニュースレター No.45 (2006年5月号)
シリーズ:持続可能な社会を目指して - 日本企業の挑戦 第43回
http://change-agent.jp/

2005年4月、「変化の担い手を大量生産すること」を使命とする先進的でユニークな会社、チェンジ・エージェントが誕生しました。「変化の担い手」とは、社会や組織や自分自身を望ましい方向へ変えていきたいと思う人、それぞれのフィールドでより良い変化を作りだしていく人のことです。

同社を立ち上げたのは、自らが変化の担い手として活動している枝廣淳子さん(チェンジ・エージェント会長)と小田理一郎さん(同 社長)。現在も二人で主な活動を行っています。この二人は、ジャパン・フォー・サステナビリティのコアメンバーでもあります。

社会をよい方向に動かしたい、でも動かないのはなぜ?

地球環境の保全や持続可能で幸せな社会の実現を目指して、変化を起こそうとしている人がたくさんいます。しかし、思いを伝え広げていくスキルが十分でなかったり、本質的な問題を見誤り、よかれと思ってやっていたことが新たな問題を生み出すなど、なかなか思うような方向に進まない例もたくさんあります。

枝廣さんと小田さんは、「変化を起こしたいという熱い思いと、長期的な視点と広い視野で物事のつながりを捉え本来の課題を見出す能力、そしてコミュニケーションやマーケティングのスキルが結びつけば、より効果的に、良い方向への変化のうねりを広げていくことができる」と考えました。

日本の社会では、教育訓練の場として学校や就職した会社に頼ることが多く、一般的なマネジメントやビジョニング、ものの見方や思考法、コミュニケーションスキルを学ぶ場は不足しています。社会や環境の問題解決のためには、専門分野を越えたつながりが必要とされますが、日本には学際的なつながりを持つ場も不足しています。

枝廣さんは言います。「社会が持続可能でない方向に進んでいるのは、さまざまなつながりが失われているからです。例えば、自然とのつながり、未来とのつながり、全ての生きとし生けるものとのつながり。つながりを取り戻すこと、短期ではなく長期的なつながりを考えることによって、物事は自ずとよい方向に向かうのです」

そして、枝廣さんと小田さんは、時空を超えたものごとのつながりとその構造を見出し、部分ではなく全体の最適化を図ることで、望ましい変化を創り出すためのアイデアを導く思考方法である「システム思考」に着目しました。システム思考によって、ものの見方を広げ、現状をより正しく認識し、問題のツボを捉えることができます。好循環を意図的に創り出す・強める、また、望ましくないつながりを弱める・絶つことで、組織や社会がよい方向に向かう変化を創り出すことができるのです。

システム思考は、日本ではまだなじみが薄いのですが、海外では多くの組織や企業が活用し、成果を挙げている思考方法です。問題を抱えた企業や工場が、はじめは競争や経済などの外部に原因があると考えていたものの、システム思考を活用することで、自分たちの前提や思考を問い直し、「システム内部にも問題があるのではないだろうか?」と問題をとらえ直すことで、システム内部の問題として取り組み、問題を解決したり、望ましい方向に向かう変化を起こしている例がたくさんあります。

システム思考では、問題の原因はシステムの「構造」にあると考え、「人」を責めません。構造が変わらなければ、誰がその立場にいても、また同じ問題が起こると考えます。この「人を責めず、問題の構造に迫る」考え方が、関係者間のコミュニケーションを円滑にし、本質的な問題解決を促進してくれるのです。システム思考は、組織内外での共通言語として、大いに役立つコミュニケーション・ツールとなります。

枝廣さんと小田さんは、このシステム思考を変化の担い手になるための中核的なスキルとして位置づけ、ビジョニング、システム思考による問題分析と働きかけ、変化の戦略策定と実行という一連のプロセスからなる変化の担い手を養成するためのプログラムを準備し、チェンジ・エージェントを設立しました。

ふたつの発展途上国の明暗を分けたものは?

システム思考が役に立つのはビジネスだけではありません。システムの構造を長期的な幅広い視点で捉えることで望ましい変化を生み出した実例をご紹介しましょう。面積、人口、地理や気候条件が大変類似している2つの発展途上国がありました。1980年から2000年までの20年間の国民一人当たりGDPを比べてみると、一方は2.5倍と著しい経済成長を遂げたのに対し、もう一方は、経済成長がほとんどなく停滞を続けてしまいました。

1980年代、両国とも鉱物の採掘を重要な産業と位置づけていました。しかし、一方の国は、鉱物資源に頼っていてはいずれ経済が成り立たなくなることを認識し、鉱物採掘の収益を、国土開発や国内の公的インフラ整備、人的資本の蓄積や海外資産に再投資する政策をとりました。その結果、整備されたインフラをもとに更なる経済発展が可能になったのです。

もう一方は、鉱物採掘収入を国民収入の増加につなげるだけで、そのほかの経済開発は思考の範囲に含まれていませんでした。その結果、鉱物採掘を行えば行うほど鉱物資源は減少し、やがて鉱物採掘収入は減り同時に国民収入も減る、という下降の一途をたどったのです。この事例は、思考の範囲を広げ、好循環の仕組みを多重に組み込むことで、システム全体の力を活用し、望ましい成長(development)を実現できることを示しています。

変化の担い手を量産する - チェンジ・エージェントの活動

チェンジ・エージェントは、変化の担い手を支援するための活動を3つの分野に分けています。一つめは、できるだけ多くの人に変化を起こす気づきと勇気を与える活動としてのシステム思考に関する執筆や講演です。設立してからの1年間にシステム思考についての講演を聴いた人は、5000人に及びます。また、企業のCSRレポートに対して、システム思考の視点で分析を加えた第三者意見書の作成も行っています。
http://www.asahibeer.co.jp/csr/dl/2005/csr2005-j.pdf(66ページ)

二つめは、ビジネス向けのシステム思考を身につけるための研修やワークショップの開催です。いずれも、見えている問題の背景にあるつながりを捉え、繰り返すパターンや構造を見つけるという演習から、組織の無意識の前提を見直したり、新たな気づきを得ることができます。設立してからの1年間に約500人が研修を修了し、職場に戻ってさっそくシステム思考を実践し、職場風土の改善などの変化を起こしている人も出てきているそうです。

また、途上国での開発援助に関わる専門家への研修も実施しています。現在、独立行政法人国際協力機構(政府開発援助〔ODA〕での技術協力と無償資金協力の一部の事業を実施する機関)のおこなっている国際協力専門家への派遣前研修の中で、システム思考の研修プログラムを提供しています。受講者は赴任国での課題をどのように診断し、どのようなアプローチで解決策を導くのかを学ぶとともに、システム思考のツールである「ループ図」を用いて、言葉に依らなくてもよいコミュニケーション・ツールも手に入れます。

研修は、ラーニングゲーム、時系列変化パターングラフやループ図、システム原型といったシステム思考ツールの紹介、演習で構成されています。ラーニングゲームは、日常の思考の枠組みや自分の考え方の癖を体感し、それらをできる限り排除して、ものごとのつながりや解決策を発想することに役立ちます。また、ツールを学んだあと、事例に対してツールを応用する演習をおこなうことで、基本的な考え方とツールが身につきます。

さて、活動の三つめは、変化の担い手と一緒になって、変化を具体的に形にしていく活動です。企業などの組織でビジョニングや戦略や行動計画の策定についてのファシリテーションを行ったり、ステークホルダーを巻きこんでのダイアログのお手伝いを行っています。

たとえば埼玉県熊谷市では、青年会議所での持続可能な街づくりのビジョンと行動計画策定のファシリテーションを行っています。システム思考のツールを活用して、参加者の視野を広げ、人と自然と社会、文化などの相互のつながりを見出すことに役立てます。

チェンジ・エージェントのこれから

「研修を通じて単に"知識を得た"というだけでなく"目の前が開けた!"という参加者の顔を見るたびに、大きな手ごたえを感じています。」と、小田さんは言います。同社の目標は、より大きな変化を起こすために、個人だけでなく組織を変化の担い手として支援すること。そして、一人でも多くの講師を育てて日本のあちらこちらでワークショップを開くと同時に、教育にも採り入れられるようにすることで、「読み書きそろばんシステム思考」と言われるくらい当り前のものにして、誰もがシステム思考を活用できるようにすることです。

世界中の多くの人が問題意識を共有しており、問題解決に向けて社会をどう変えていくかがこれからの課題になっています。チェンジ・エージェントは、システム思考によって、よりよい方向への変化を生み出せると信じ、まさにチェンジ・エージェントとしての自らの役割を果たすべく、今日もがんばっています。

(スタッフライター 西条江利子)

English  

 


 

このページの先頭へ