過酷な環境で生き延びるために生命は、その誕生から38億年かけて「技術」を進化させてきました。人間も、特に産業革命以降、様々な技術を生み出してきましたが、38億年の生命の知恵は想像を絶するものです。
例えば、アワビは、合成接着剤を使ずに自由自在に壁に自らを吸着・剥離させることができます。カタツムリは、洗剤を使わずに自らの殻の汚れを落とすことができるし、セコイアに至っては、数百ある根っこから、滑車やレバーや機械を使うことなく、太陽光のみで数トンの水を汲みあげることができるのです。これら全て、化石燃料を一滴も使うことなく。いったい、生命はどうやってそれを可能にしているのでしょうか?
こうした問いかけは、私たちの科学への探究心を揺り起こしてくれます。さらに、研究者や企業にとって魅力的なテーマとして現実の研究にうつされています。
例えば、「クモのように繊維をつくるには?」。クモの糸は、実は同じ重さの鉄鋼より10倍強いことが最近の研究で明らかになっています。大量のエネルギーを消費せず、常温常圧下でいかにここまで強い繊維を作り出すことができるのか。こうした問いかけに応じて、クモの体内の微細構造やナノレベルのメカニズムの研究が今始まっています。
または、「シロアリ塚のように空調するには?」。シロアリ塚は、エアコンを使わなくても、内部の温度や湿度はほぼ一定に保たれています。ここから通気性、湿度コントロールのヒントを得て、空調にほとんどエネルギーをかける必要がない建物や住宅が実際に作られ始めています。
こうした生物から学ぶ研究は今、工学や化学だけでなく、医療、エネルギー、ロボティクスなどの分野でも行われています。
こうした技術はどれも、環境負荷を劇的に下げつつ人間社会の問題を解決していくものです。これらは「生物に学ぶ技術」のあり方として、「バイオミミクリ(生物のまねび)」*1や「ネイチャーテック」*2といった考え方で、その名の書籍や文献に事例が紹介されています。
『Biomimicry: Innovation Inspired by Nature』
Janine M. Benyus (著) (2002/09/01) Perennial
『カタツムリが、おしえてくれる!-自然のすごさに学ぶ、究極のモノづくり』
赤池 学 (著), 金谷 年展 (著) (2004/04) ダイヤモンド社
自然に学ぶ技術を考える際に様々なアプローチがありますが、このプロジェクトでは、自然に学ぶ技術として「バイオミミクリ」に着目し、以下のように定義しました。
その特徴として、次の二つを想定しています。
この二つの特徴を満たす技術はたくさんありますので、以下の4つのカテゴリに分類して整理しています。
横軸は「どれくらい加工するか」を表しています。左から右に向かって、「そのまま使う」から「手を加えて」「加工のレベルを高くして」使う方に向かっています。
そのまま使う「生物体を活用する」「バイオマスを活用する」(例:ココナッツの殻を自動車のヘッドレストに使う、珪藻土を浄水器に使う)から、だんだん手を加えるレベルを上げていくと、「生物の動きに学ぶ」「形態・構造に学ぶ」「化学プロセスに学ぶ」「生態系そのものに学ぶ」などがあります。
一方、縦軸が示しているのは、「個体に着目するか、集合体に着目するか」。集合体に着目する方には、「バイオマスを活用する」「生態系に学ぶ」などがあります。
このように整理したうえで、とくに加工度の高い側の4つのカテゴリーを、ここで捉える「バイオミミクリ」の範囲として想定しました。
持続可能な社会へ貢献することをミッションとするJFSでは、「持続可能な社会における技術とはどんなものか」といった疑問から、本プロジェクトを開始しました。自然に学び、人間の環境負荷を劇的に下げていく多くの技術や研究を国内外で掘り起こし、整理・分類して発信しようというものです。
その過程で、技術のあり方について様々な気づきや人々のつながりを生み出していければよいと考えています。