JFS 星野敬子
去る2004年9月6・7日、東京の国連大学にて、「ゼロエミッション 10周年 世界会議」が開催されました。1994年に「ゼロエミッション」という構想が、欧州の起業家グンター・パウリ氏から提唱されてはや10年。この10年間で得られた成果を共有し、ゼロエミッションを達成するために、これからの10年に求められる技術とビジネスモデルが紹介されました。本会議から、バイオミミクリ提唱者ジャニン・ベニュス氏の基調講演を、一部抜粋・要約してご報告します。
「自然の叡智と技術の再発見」 ジャニン・ベニュス氏
これからの10年に求められる技術・産業戦略として、バイオミミクリが紹介されました。38億年という長い生命史の中で進化を遂げた生物は、わずか1%。いま生き残っている生物は、地球上で機能する知恵と持続可能な技術を持ち合わせているといいます。さらに生物は、自らが生き残るだけでなく、他と調和・共生しながら、土壌を守り、水をきれいにし、他のいのちを育んでいます。こうした自然の知恵に学ぶ技術が、バイオミミクリなのです。
バイオミミクリは、生物学者に留まらず、工学者や企業から、熱い注目を集めています。ベニュス氏は、十数もの自然の知恵とそれに学んだ技術・ビジネスモデルを紹介されました。その中から、3事例をご紹介しましょう。
私たちは普通、汚れを落とす時に洗剤を使いますが、化学物質による水質汚染などが問題になっています。この洗浄作用と対照的なのが、ハスの葉に見られる独自の手法。葉の表面にある小さな突起に、秘密があるといいます。突起が粗い表面を作るため、その面を転がる水が水滴となり、汚れを拭くようにして転がることで、葉をきれいにしているのです。この洗浄メカニズムは既に、ドイツのイスポ社の建物外壁に応用されていることが示されました。雨滴と重力を使って汚れを落とす、洗剤いらずの外壁です。
生きた化石といわれるオウムガイは、約5億年前からほとんど姿形を変えず、海水に住み続けています。オウムガイの貝殻は独特のらせんを描いていますが、これは最も抵抗や摩擦が少ないカーブだといいます。アメリカのパックス・サイエンティフィック社は、このかたちをまねして、扇風機の羽根を開発しました。なんと従来の製品に比べ、50%のエネルギーと75%の騒音が、見事に削減されたといいます。
アワビの貝殻は、ハイテクセラミックの約2倍の硬度があるといいます。人が、高温・高圧下で化学物質を用いてセラミックを作る一方、アワビは高硬度の貝殻を海中で平然と作り続けているのです。この生体内セラミックス合成プロセスは、バイオミネラル化と呼ばれ、無機物(海水中のカルシウム)と有機物(生体内高分子)を材料に使うことが特長です。純粋な無機物の結晶では見られない、しなやかさと丈夫さの両方を兼ね備えています。そして、サンディア国立研究所のジェフ・ブリンカー氏による、アワビをまねた常温・常圧・有害化学物質を使わない、バイオミネラル化の研究が紹介されました。
人が絶滅するのか、それとも自然に適応して生きていけるのかは、私たち人間の行動にかかっているといいます。最後に、バイオミミクリの普及に向けて、ベニュス氏から以下の6つの提案がなされました。
バイオミミクリは、理想論ではなく、すでに産業を通して社会へ適用されている技術です。ベニュス氏が紹介された十数の事例から、生物の知恵は様々な分野で研究解明されていること、そして、その学びを産業へ生かす動きがダナミックに始まっていることが分かりました。
さらなるバイオミミクリ普及に向けて、生物学と工学や産業をつなぎ、全体的に体系づけることが必要です。各分野の研究者・専門家が、自然のイノベーションを共通認識したうえで、それを活用できる仕組みを作らなければなりません。そのためには、生物学者が、工学者や産業に対して、インスピレーションや気づき、自然界のモデルを教え伝える場を作ること、そして、各分野をつなぎ、各々の専門知識を最大限生かせるようにコーディネートするベニュス氏のような人の役割が重要になるでしょう。