JFSでは2005年3月14日、この1年間進めてきたバイオミミクリ・プロジェクトの仕上げとして、サロン『自然に学ぶ技術とは? ~38億年の知恵に学ぶコツ教えます』を開催しました。
会の目的は、日本における自然に学ぶ技術の事例を共有し、そのこれからのあり方を考えること。インタビューシリーズで登場した3名の実践家(それぞれ、研究を助成する立場、研究する立場、そして子どもや大人に対する自然教育をする立場の方)による事例発表と、JFS共同代表の枝廣を交えたディスカッションを行いました。「環境と技術」や「環境教育」に関心があり、自然に学ぶ視点を取り入れたい研究者や学生約80名が会に参加しました。
本サロンを開催するにあたり、主催者として私たちが学びたいことは三つありました。一つ目は、それぞれどのような意義を感じて取り組んでいるのか(そしてそれが持続可能な社会づくりにどのような役割を果たすのか)。二つ目は、今どこまで社会に広がっていて何が(広がりの)ネックになっているのか。そして三つ目が、これから更に広がっていくには何が必要か。サロンから見えてきた様々な示唆をここでご紹介します。
司会:JFS共同代表 枝廣淳子
まず話し合ったのは、それぞれどんな意義を感じて活動に取り組んでいるのか。前島氏は、「自然に学ぶものづくり」を手がける研究者を支援する企業の立場からの発言です。「今はこのような研究をしている方をサポートしていますが、将来は会社としてもこうした研究に取り組めればと考えています。」(前島氏)
その理由は、一つには環境に調和した素材や材料の開発が、持続可能な社会に必要だということ。そしてもう一つには、自然の技術に対する素直な驚きと尊敬からだと言います。「我々がナノテクで、例えばこういうものを作ろうとか、例えば半導体の世界でここまで細いものができるといっているのですが、生物を見たら、もっとすごいことをやっているわけです。」(前島氏)
では大学の研究者は自然に学ぶ技術をどう捉えているのでしょうか。矢野氏は、植物の成長に必要なリン資源の枯渇が将来の食物生産に大きな問題となるとされる中、落花生が土中のリンを他の植物よりも上手に活用する点に着目し、その原理の研究を進めています。
「私たちが今研究していることは(たとえば荒地でも落花生はよく育つなど)、私たち研究者よりも農家など現場の方の方が経験値として知っていることです」。研究者にできるのは、長い時間をかけて人々が自然から学んできた慣行の技術をひとつずつ解明し、多くの人がその知恵を共有できるようにすることと矢野氏は考えています。
最後に、環境教育と自然に学ぶ技術はどうつながるのでしょうか。梅崎氏は、持続可能な社会に向けて欠かせないのが、どのように自然と折り合いをつけながら、暮らしを作っていくのかを学ぶライフスタイル教育であると指摘します。「たとえば森の循環でごみは一切出ません。では、森はどのような仕組みになっているのか。」ライフスタイル教育には自然のやり方に学ぶことがひとつのキーポイントになってくると梅崎氏は考えています。
このように企業、研究者、そして環境教育者の立場から意義のある「自然に学ぶ技術」ですが、現時点で、社会に大きな影響を与えるほど広がっているわけではありません。何が広がりを妨げているのでしょうか。
もちろん企業として取り組むときの課題の一つにはお金のことがあると前島氏は指摘します。研究開発投資としてどれくらいのスパンで効果を期待できるかということです。
大学の研究者である矢野氏は、自然に学ぶ技術がまだ少ないのは、「大学などの研究現場と(自然に学ぶ技術が必要だといった)社会のニーズとの接点不足」が大きいからと指摘します。大学で一部の研究者はこうした技術の重要性を認識していても、社会のニーズとの接点があまりにもないのだという。「ギャップがものすごく大きいのです」(矢野氏)。
大学のもつ知識や技術、能力はさまざまあるが、それを実際の社会とつなぐ橋渡しをする役割の方が圧倒的に不足しているというわけです。
この指摘を受けて、JFS共同代表の枝廣は同じような状況が他の学問分野でも起きていると言います。研究者の方では社会の役に立たなければいけないと思いつつ、社会とのやり取りがあまりにもないので、何を求められているのかわからない。全部技術を作ってしまってから社会に提示するが、結局あまり意味がなかったということが頻繁に起きている、というのです。
それでは、こうした課題を克服し、「自然に学ぶ技術」を社会に広げ役に立てて いくにはどうしたらよいでしょうか。
一つは、「自然に学ぶ技術」研究の場作りです。具体的には、大学レベルでそれ をテーマにした研究の仕組みが動き出すことが重要です。前島氏は、今少しずつ 広がりつつある大学での組織的な取組事例を紹介してくださいました。
名古屋大学 21世紀COE「自然に学ぶ材料プロセッシングの創生」
8月には、上記プログラムが中心になり「自然の叡智に学ぶ"ものづくり"」の 国際会議が名古屋で開催されます。こうした研究と発表の場が今後も増えていく ことが大切です。
21世紀COEシンポジウム 「自然の叡智に学ぶ"ものづくり"」(8月5~6日、 名古屋大学)
二つ目は、「研究現場」と「社会」との双方向コミュニケーションです。研究現 場から社会に対しては、自然に学ぶ、まねる研究の話をわかりやすく、一般の人 にも通じる言葉で話すこと。「難しいことを難しく言うのが学者ではない。どれ だけ易しく伝えられるかが大切。」と矢野氏は指摘します。そして社会から研究 現場へは、「もっとこういうことを解決してほしい」「こういう技術があったら」 という生活者の視点を伝えていくこと。
そうすることで研究者の側でも「それだったらこれがあるよ」「探してみよう」 と発想がつながっていきます。その際、こうした「社会と研究をつなぐインター プリター」の役割を果たせる人やNGOの活躍が要請されるでしょう。
三つ目は、将来の研究者となる子供たちが、自然をリアルに知り感じる体験を積 み重ねることです。矢野氏は指摘します。これまでの科学や学問のアプローチは、 例えば脳やDNAなどの一つの機能にだけ焦点を当てて物事を見ていましたが、そ れが行き過ぎると「木を見て森を見ず」ということになります。「わかるという 作業は、私は決して脳だけではなく、『腹に収まる』とか、『胸がすっとする』 という感覚、肉体に根ざした感動的なものなのです。」(矢野氏)
自然に学ぶ技術はそのようなアプローチによって可能であり、そのために必要な のは、体験の積み重ねです。「自然をイメージや映像だけではなくリアルなもの として知る体験を繰り返す。そうして初めて、身体全体でわかる、細胞一個一個 で理解する、腑に落ちるというレベルにいけるのではないしょうか。」(梅崎氏)
サロンから見えてきたこれらのことを、同時に進めていく。それができたとき、 「自然に学ぶ技術」は当たり前と思える時代が来るかもしれません。
(スタッフライター 小林一紀)
※本インタビューはJFSのニュースレターにも同じ内容を掲載しております。