東京と博多の間を結ぶ、フランスのTGVと並ぶ世界最速の列車。それが、近未来的なデザインと特徴的な長い鼻(先頭部)で知られる『500系新幹線』(JR西日本)です。この、最高速度300キロでの静かな移動を可能にする技術は、実はある鳥に学んだものだったという事実をご存知でしょうか?この新幹線電車の開発・試験者であった、日本野鳥の会の会員でもあるエンジニアの仲津英治さんに開発ストーリーを聞きます。
Q. どのような経緯で、鳥に学ぶことになったのですか?
新幹線というと「いかに速く走るか」が頭に浮かぶかもしれませんが、実は速く走ることは科学技術の進歩のお陰でそれほど難しくなくなっています。より大きなテーマは、「いかに静かに走るか」ということです。速く走ると、騒音が増大し、中でも列車と架線(動力源である電気を供給する)を結ぶ集電装置のパンタグラフが、空気とぶつかり大きな音(空力音)を立てます。日本の新幹線への騒音規制は世界でも最も厳しく、この騒音の問題を解決しなければ走らせることはできませんでした。私たちは開発の技術者として頭を悩ませていました。
そんなとき、新聞に掲載された講演会に参加したことがきっかけで、航空の専門家であり野鳥の会会員である矢島誠一さんに出会い、鳥の機能や構造がいかに飛行機に活かされているか、また、自然界の中で最も静かに飛ぶのはフクロウだということを教わりました。鳥の中でも、鷹類では獲物を襲うとき大きな音を出すものがいるそうですが(獲物を恐怖心で動けなくする)、フクロウの羽からは音がほとんど出ないのです。野鼠など獲物に気づかれないように静穏飛行の機能を見につけたようです。
そこで私たちは実際に騒音の度合いを調べるべく、大阪天王寺動物園からフクロウの剥製を借りて、風洞実験でデータを分析してみました。そうする中でわかったのは、風切羽の前面に、普通の鳥にはない小さな刺のような鋸歯状の羽毛(セレーション)が多数突き出ており、これが空気の流れに小さな渦(ヴォルテックス)を生じさせ、音の原因となる大きな渦をつくらせないということでした。
私に続く技術者たちが4年間をかけてこの原理の応用を研究し、紆余曲折を経て実際にパンダグラフの支柱部にフクロウを参考にしたセレーションをつけ、パンタグラフから発生する騒音を下げて、世界一厳しい騒音基準をクリアできました。この技術はヴォルテックス・ジェネレーターと呼ばれ、今まで航空機にも活かされ、競技スケート選手の帽子やブーツなどにも応用されています。このときの体験から、生物が持つ機能の素晴らしさに心を打たれました。そして、生き物が自ら生き、命を伝える中に真実があること、そして「自然に学ぶ」ということを体感会得したのです。
Q. まさか、フクロウの技術が応用されていたとは知りませんでした。他にも自然から学んだ例はありますか?
実は、他にもう一つの大きな問題が走行試験と共に発生しました。大阪と博多の間を結ぶ山陽新幹線は、全線の半分がトンネルです。列車が高速で狭いトンネルに突入すると、空気の圧力波が立ち上がり、これが成長して津波のように音速で伝わり出口側でドスン、という低周波振動が発生します。これは400メートル先から苦情が来るほどの大きな音と空力振動です。結果時速350キロ以上の試験はあきらめることになったほどです。
その時、試験班の若手から、トンネルに突入するときに列車が縮むように感じるという声が出たのです。急激な抵抗の変化があるからでしょうね。そこで「急激な抵抗の変化を日常で経験している生き物はなにか?」と考え、思い浮かんだのは、カワセミでした。小魚を捕らえるために、小さい流体抵抗の空中から大きい流体抵抗の水中へ飛び込むが、ほとんど水しぶきをあげない。これは、カワセミのくちばしから頭にかけての鋭い流線型のおかげではないか。
そこで実際に、弾丸の形状を様々に変えて細いパイプに打ち込み、発生する圧力波を測る試験や、宇宙研究用のスーパーコンピューターによる徹底的なトンネル内走行シミュレーションが行なわれました。データ解析の結果が示した理想的形状が、まさにカワセミの形状に極めて近似したのです。
大掛かりな実験装置や最先端技術によるシミュレーションによる最適解の結果が、自然界の生き物の形状とフィットすることを目の当たりにし、私は自然に学ぶことをさらに会得することができました。先頭車の変化部分は長さ15メートルに及ぶ流線型で円形断面に近づいた500系新幹線は、従来モデルと比べ空気抵抗が3割も減り、電力消費量も(時速が1割増加したにもかかわらず)15%下回りました。また高速列車のトンネル突入による圧力変動が小さいため揺れも少なく、乗り心地が良いとお客様に評判です。
Q. 自然に学び、環境負荷を劇的に下げていく。素晴らしい成果ですね。
こうした経験を通して私は、自然の中に答えがありうる、あるいはヒントがある、とつくづく思うようになりました。例えば実現には至っていませんが、仮説としてこんなことも考えられます。車両と車両の間は隙間がありますが、埋めて一つながりにすれば、更に列車の空気抵抗も更に減り、空力騒音も下がるはずです。しかし従来の素材を使って車体間に幌をつけても急な曲線を通過している間に変形しまうので、「しわができてもすぐにもとにもどるアザラシの肌」のような素材ができないか?これは実際に技術開発を検討依頼したのですが、「技術ができたとしてもそれに対する市場の需要が小さすぎる」ということで没になってしまいました。しかし、こういう視点での研究はありうるものだし、実際に行う人は増えてきていると感じています。鮫肌の水着とか、カワセミの羽根を生かした水着などが製品化されていますね。
Q. 私たちが、仲津さんのように自然に学ぶ目をもつには、何をすればよいのでしょうか。
最も大切なのはやはり、観察することでしょう。実際に鳥については私も多く見聞きしてきました。インスピレーションは長い間の蓄積の中から生まれるものです。そしてもう一つは、やはり幼児世代からの体験です。小中学生の理科離れが進んでいますが、基本的に自然に触れなさすぎるのです。学校や家庭で観察の時間を作って、自然を見る目を育ててほしい。
私は工学を勉強しエンジニアとして歩んできましたが、今、学生時代を振り返って痛感するのは、生物学をもっと勉強しておけばよかったということです。ただ、高校の生物の授業は細かいことばかりで面白くなかった。頭の柔らかい若い時に(特に工学系の学生には)、もっと、生物の形や姿、機能全体に関わる「生物の戦略」ともいうべきものを教えてはどうでしょうか。
例えば、なぜ鳥は鳥であり、魚は魚なのか。また、鳥であれば渡り鳥はなぜ旅をするのか。くじらはなぜ陸から海に戻ったのか、といったことなど。元大阪大学総長で工学者の熊谷信昭さんも、「全学科の学生に生物学を必須にすべき」と唱えていらっしゃいます。
また、若い技術者には、自分の分野に閉じこもらず、まったく違う世界に信頼できるアドバイザーを持つことを薦めています。鉄道の技術者だったら、どうしても「鉄道」のことしか頭にない人が多い。私の場合は、飛行機の分野に師と呼べる方を持ち、多くを学び応用することができました。次の、前述の矢島誠一様から教えられた、『飛行機設計論』の著者の山名正夫、中口 博両先生の言葉は、 今でも私の指針となっています。「一木一草、一鳥一魚、皆我々の輝ける永遠の教師であろう」。
それから「自然に学ぶ」ということは、究極には自然は循環社会であることを知るということだと思います。結果私は、地球環境問題に大いに関心を持つようになりました。「地球に謙虚に運動」という市民活動を主宰しています。
http://www5f.biglobe.ne.jp/~kenkyoni/index.html
仲津さんの経験は、以下のことを示唆してくれます。「自然に学ぶ」ことを実践するためには、ニーズから入り、幅広く自然に解決を求めること。そのためのステップとして、以下のように一般化できること。
今後は、エンジニアだけでなく、例えば製品デザイナー、都市計画家、建築家なども同じステップを踏むことで自然に学ぶ、活かす技術を実践できないでしょうか。
以上です。
(インタビュアー 小林一紀)
※本インタビューはJFSのニュースレターにも同じ内容を掲載しております。