これまで4回にわたって、「自然に学ぶ技術」の最前線を紹介してきました。私たち人間の及ぼす環境負荷を劇的に下げていくために、38億年のサバイバル経験-数万年の歴史をもつ人類の約10万倍-をもつ生命の知恵に学ぶ。このことは、現代社会の環境負荷の大きさを考えると自明にも思えますが、広く受け入れられているわけではありません。まだ一部の研究者や企業の間に限られているのが現状です。
「自然に学ぶ技術」が社会に浸透していくには、その面白さや可能性が、これからを担う子どもたちや、環境にとりたてて興味のない人々にも伝わっていくことが重要です。それはどうしたらできるのでしょうか。このテーマについて、「伝える」プロフェッショナルであるテレビ番組プロデューサの金廣純子さんにお話を伺いました。同氏は、2004年3月に放映され、広い反響を呼んだ全国系TV番組『キヤノンスペシャル・地球は天才発明家だ!人と自然の知恵くらべエライのはどっちだ!?』(TV朝日系全国ネット)の製作者です。
Q. 番組の狙いと内容について教えてください。また、反響はいかがでしたか?
この番組は、平日夜8時~10時までの2時間に放映する、子どもから大人まで広く一般の方々を対象としたスペシャル番組(一回切り)として構想しました。昔から人間が行ってきた自然から学ぶことのダイナミズムと面白さを伝えたいという趣旨で、「身近にあるこんな技術も実は自然のここに学んでいるんだ」という発見を、科学の目線で切り取っています。「天才発明家である地球に学ばせてもらう恩返しとして、自然を大切にしよう」という一貫したメッセージで、「カタチに学ぶ」「美から学ぶ」「動きを学ぶ」といった章ごとに、国内外の実際の事例を数十紹介しました。
例えば、竜巻に学んだ強力なコンロ、蚊に学んだ痛くない注射針、カメのこうらの形に学んだ衝撃に強いサッカーボール、蝶にまなんだ美しい構造色、植物に学んだファッション、馬に学んだ走り方、鳥に学んだ新幹線、ハエに学んだ飛行機械などです。この中には昔の人が自然に学んだ知恵から、NASAの宇宙探索ロボットの開発など最先端技術まであります。放映後「面白かった」という反響をたくさん頂きました。特に学生や子どもをもつお母様からの「学校でもこういう風に科学を教えられれば興味が出るのに」というご意見を多く頂きました。
Q. そもそも「自然に学ぶ」という切り口を発想したきっかけは何ですか?
発想した当社の社長は大学では建築科を専攻していて、「東京の代々木国立競技場の屋根は葉っぱをもとにデザインされた」ということをどこかで耳にしたことがあったそうです。そこで、自然からヒントを得たものがほかにもたくさんあるはずということで、38億年の叡智をたたえた自然のすごさはもちろんのこと、それに気づいた人間の知恵の素晴らしさも伝えられる番組は作れないか、と考えたわけです。当社はこれまで、進化の科学とエンターテイメントを合わせて伝える情報番組『万物創世記』や、情熱をもって生きる人々の日常を少し目線を変えてわかりやすく伝えるドキュメンタリー『情熱大陸』といった番組を作ってきました。科学、エンターテイメント、少し目線を変える、わかりやすく、といった特徴を、今回の『地球は天才だ!』にも盛り込んでいます。
Q. 環境をテーマにした番組はどうしてもまじめで敷居が高くなりがちですが、この番組はエンターテイメントとして純粋に面白く、メッセージが伝わってくるので驚きました。伝え方にどんな工夫をされましたか?
そもそもテレビというメディアは、書籍やインターネットと比べて「受身的な」メディアです。何となくついていて、リモコンでザッピングしながら面白いものがあったらとめて見る。ですから、見るほうにとって「ちょっと自分も困っていたけど、これは使えるな」と思える身近な内容でなければなりません。特に8時~10時というゴールデンタイムは、家庭ではお父さんが仕事から帰ってくる前後で、お母さんが夕食の支度や食事の最中という、あわただしい時間帯です。テーマも今回は「技術と自然」と固いですから、正面から固いままに扱っても見ていただけないでしょう。
そこで今回は、「家庭でお母さんがお子さんと一緒に見られるものにしよう」と考え、いろいろと切り口を工夫をしました。例えば設定は、若い人気俳優の菊川怜さん扮する女性が絵本を作っていて、コメディアンの柴田理恵さんの声による仮想のキャラクターにその内容を読み聞かせてゆくという形式にしました。また、事例の取り上げる順番も、8時台はお母さんが子どもと一緒に見て面白い料理やファッション、注射にまつわるものを、そして9時以降に初めて、帰ってきたお父さんが楽しめる、新幹線やスポーツ、宇宙探査のものを取り上げています。
事例も「身近なんだ」と感じてもらえるように、コンピュータ・グラフィック(CG)をできるだけ使わず、実写にこだわりました。例えば鳥に学んだ新幹線の紹介では、形を取り入れることで実際に空気抵抗がどう変わるのか一目で直感的にわかるように、模型を使って水槽に落とし水しぶきがどのように上がるのかをハイスピード撮影したり、フクロウの羽根とカラスの羽根を使って風洞実験をしたりしました。さらに技術だけではなく、その開発の裏にある人間のドラマも合わせて紹介することで、人間くささや発想の面白みがストーリーとなって人々の心に残るようにしました。
Q. なるほど、たくさんの工夫が、「面白い」につながっているのですね。環境を扱う番組はあまり視聴率がとれないと聞いたことがあるのですが、必ずしもそうではないのでしょうか。
ええ、そうではないと思います。例えば温暖化にしても人々は問題を生活の中で実感しています。そこで「このままだとこうなってしまうので、こうしなければ」と大上段から言うのではなく、「実はあなたの家のここをちょっと工夫すると、出費にも地球にもこんないいことができる」「こんな面白い研究がある」というように紹介すると、じゃあやってみようかと思えるかもしれません。
ダイエット情報や、生活情報、美容情報は人気があります。それは、人々は自分の生活を守ることにはとても敏感だからです。エコロジーも、「身近な入り口」をどれだけつくれるか。私がその通りだと思ったのは、以前取材をした小型風力発電を手がけるゼファー社の伊藤社長の言葉です。「エコロジーというと、つい大上段から考えて我慢や不便な思いをすることを考えて足がすくんでしまいますが、今の便利な生活を続けながら、やれることを楽しくやることから始めればいいのです。」まさにテレビの役割は、その入り口をつくることにあると思うのです。
テレビ番組『地球は天才発明家だ!』は、次のことを教えてくれます。
以上です。
(インタビュアー 小林一紀)
※本インタビューはJFSのニュースレターにも同じ内容を掲載しております。