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第2回インタビュー
「材料生物学」竹本喜一先生

石油化学から作られるプラスチックなどの合成高分子は、ほとんど自然には分解しません。そのため、廃棄や処理の仕方が大きな問題になっています。そうした中、自然界の合成と分解の循環に学び、生物の英知に習う研究が注目を集めています。1993年に「材料生物学 -生物をまねた新素材」という新しい分野を開拓し、一躍有名になられた大阪大学名誉教授・竹本喜一先生に、生物に学ぶ無害・高機能の新素材についてお話を伺いました。

Q. 生物に学ぶというアイディアはなぜ生まれたのですか?

生物に学ぶという視点は、合成化学への反省から生まれました。私の専門は高分子化学です。例えば石油化学から作られるゴムやプラスチック、繊維、接着剤はみな高分子ですが、ほとんど自然には分解しないものばかりです。人が開発した合成方法は、分解が考慮に入れられていない一方通行の反応で、環境への負荷が大きかった。今、人は使い終えた材料の廃棄に困り果てています。一方生物界は、合成したら分解まできちんとやってのける。見事な物質の循環が見られます。そこで、生物の体を作る高分子、つまり生体材料に学ぶ機能と材料の選択に関する学問研究を「材料生物学 -生物に学ぶ新素材」と名付けました。理想的な資源の循環系を確立することが、将来の課題だと考えています。

Q. 「材料生物学」の研究事例を教えてください。

例えば、アワビの接着は大変興味深い事例です。水槽のガラスに吸い付いたアワビは、人が手で思いきり引っ張ってもなかなか剥がれませんが、面に平行に滑らせるようにすると取れます。生物はごく自然に、接着と剥離という全く相反する現象を同一の材料で実現しています。1987年にカリフォルニア大学のJ・Hウェイト博士が、アワビの接着は、接着面の筋肉表面にあるタンパク質の物理的な性質(アミノ酸の特異的な並び方)によるものだということを発見しました。これまで人が開発した接着剤は、アワビとは違い化学的な結合を利用するもので、接着と剥離は全く異質の材料で行われるのが普通でした。アワビに学び可逆性のある接着剤が開発できれば、材料のリサイクルという点からも有益だと思います。

またアリは、金属やセラミックなど使わずに、土とだ液のみで大変強固な巣を作ります。アリ塚を壊そうとすればダイナマイトが必要だというのだから驚きます。さらに巣内部の温度や湿度はほぼ一定に保たれています。ワインセラーや住宅産業にこのアイディアを取り入れたら面白いでしょう。生物はアイディアの宝庫です。

Q. こうした事例は、専門家ではない一般の私たちにとっても純粋に興味深いですね。

特に、子どもにこうした生物の「賢さ」を話すと、目を見開いて「おもしろい!」と言います。2002年夏には、小学4年生から中学1年生を対象にアワビの接着などについて話しましたが、大きな反響をいただきました。また、学校の先生からは「近ごろは、進学のための勉強ばかりで自然科学の実験をする時間がなかなか取れません。しかし、子どもたちはこんなに興味深く聞いているのですから、自然科学の面白さを忘れないでしょう」と言われました。子どもと一緒に、アワビの接着・剥離作用を学ぶ実験をしたこともありますが、みな生物の不思議さに胸を膨らませていました。生物の英知は、子どもたちの感受性をはぐくむことでしょう。子どもへの教育にぜひ取り入れてほしいと思います。

Q. 研究者に向けてメッセージをお願いします。

化学の分野のうち今までに開拓されたのは、まだわずか数パーセント位だと考えています。90パーセント以上は全く未開の分野なのです。「材料生物学」は、この未開拓分野を探索するときの、一つの切り口だと考えています。40億年という長い年月をかけて進化を遂げた生物の材料・機能のフィロソフィーの中には、計り知れない可能性があります。現在バイオテクノロジーの技術や産業が飛躍していますが、柔軟な視点を持って生物に学ぶことで得られる発見もあると思います。

普通、化学の反応には溶媒としてアセトンやベンゼン、アルコールが使われますが、これらは毒性や引火性のある物質です。一方、生物が反応で使うのは、いつも空気や水といった、身の回りの物質です。アワビやアリ塚の例からも分かるように、生物は全く無害な物質で高機能材料を作りあげています。化学反応の溶媒をできるだけ水に置き換えるというように、これまでの化学の考え方を大転換してみてはいかがでしょうか。経済的でかつ今日の様々な環境問題を解決する切り札になるかもしれません。

インタビューを終えて - JFSの気づき

「材料生物学 ~生体材料に学ぶ機能と材料の選択に関する学問研究」は持続可能性の視点から次のような意義をもっているようです。

  • 自然界の合成と分解の循環に学び、資源の循環系を確立・長い間進化を遂げた生物の英知に習い、高機能・無公害材料、製品を開発・生物の面白さを教え、子どもの感受性を育む

これからの展開としては、

  • 持続可能性や工業や産業への応用という視点から、生物を研究する・子どもへの環境教育

に大きな可能性を秘めているのではないでしょうか?

(インタビュアー 星野敬子)

※本インタビューはJFSのニュースレターにも同じ内容を掲載しております。

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