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第1回インタビュー
「ネイチャーテック」 赤池学さん

本連載の記念すべき第1回は、ユニバーサルデザイン総合研究所の赤池学所長 に登場いただきました。氏が著書『カタツムリが教えてくれる!』で提唱されている、自然に学ぶ技術のあり方「ネイチャーテック」について伺います。

Q. ネイチャーテックとは何ですか?

これまでの科学技術は、高温・高圧下で、エネルギーを投入して自然界にない化学物質を生み出していくものでした。しかし、これではエントロピーや環境負荷があまりに高いのはご存知の通りです。ひるがえって自然界の生物は、水素や炭素、窒素や酸素など、自然に存在する軽元素だけを使って、常温常圧下で非常に高機能の「製品」を生み出しています。私たちも、生物に学ぶデザイン、つまり「ネイチャーテック」が必要です。これは、基礎科学、応用科学、工学をまたがる学際的なスタンスで取組んで可能になります。

Q. どのようなきっかけでこの考え方にたどり着いたのですか。

私自身、もともと生物の行うモノづくりに対して純粋に興味があり、大学院では発生学を専攻し、生物の器官を形にする細胞発生のプロセスや遺伝子のメカニズムを研究しました。その後、佐原眞教授(国立歴史民俗博物館長)と 縄文遺跡の解析のお手伝いをした際に、発見された縄文ポシェットにうるしが塗られていたことを知ったのですが、うるしは酵素と光で強靭な膜を作るネイチャーテックです。日本には、古代から生物のもつ機能を活用する技術があったことに新鮮な驚きを得ました。

もう一つは、ビジネスとしての課題意識からです。特殊な環境下で生き残るために生物が進化させてきた技術は、とてつもない工学資源の源です。レオナルド・ダ・ビンチは、ハチの空中停止(ハッチバック)に着想を得てヘリコプターのスケッチを描きましたし、パラシュートはクモ、グライダーはカマキリにヒントを得たものです。

現在では、羽に毛が生えているアザミウマという昆虫をまねて、これまでとはまったく違う飛行体を作ろうという文部科学省ERATOの研究もあります。他にも、次世代自動車として山中俊治氏ほかが開発している「ハルキゲニア01」という自動車があります(ハルキゲニア01のウェブサイト)。これは、5億5000万年前の甲殻類ハルキゲニアのもつ分散型神経構造に学び、駆動系(CPU)を分散型にすることで、「横移動走行」や「その場回転」、「段差昇降」などが可能な機動性の良い自動車をつくりだそうという試みです。生物から学ぶデザインの可能性は無限にあるのです。

Q. 他にどのような研究に注目されていますか?

体内の病巣に直接薬を運び、打ち込むことなどができるマイクロマシン(微細ロボット)の開発が進んでいますが、その微細さのために粘性や表面張力といった物理的影響を大きく受け、これまでとは異なる駆動力や推進システムの開発が課題となっています。ここで、(独)食品総合研究所の曲山幸生主任研究員は、スピロヘータという線虫は微細ながらも自由に泳ぎ回っていることに目をつけました。この線虫の動きに学び、抵抗が大きくなるとかえって運動性が向上するメカニズムの活用を曲山氏は研究しています。

また、東京農業大学の長島孝行助教授が進める、シルクの新しい利用法研究にも注目しています。長島氏は、シルクには高い紫外線(UV)遮断機能があること、特に、野蚕(やさん)と呼ばれる野性のカイコがつくるシルクは、その機能が非常に優れていることを科学的に証明しました。この発見から、ワイルドシルクを使って紫外線をほぼ全てカットする日傘や化粧品が作られています。 さらに、ナノレベルの微細構造を分析して、シルクそのものを人工的に生成する研究も進んでいます。

他にも、農業生物資源研究所と明治製菓が取組んでいる、朽木を食べて生きるシロアリのセルロース分解酵素(セルラーゼ)の活用研究があります。また、岩手大の鈴木幸一教授による、蝶が幼虫から成虫になる段階で分泌する休眠ホルモンを使ってガン細胞を眠らせる制癌剤の研究にも注目しています。

Q. 今後、こうした「生物に学ぶ技術」が社会に普及するための鍵は何でしょう。

上記のハルキゲニアが、工学者とデザイナーの協働から生まれていることからわかるように、より多くの基礎科学者や基礎生物学者が参画し、異分野同士での協働(コラボレーション)が大切です。また、ネイチャーテックの成果を、単機能でなく多機能で、短期間でなく中長期間で活用していくことも重要です。

例えば、木質バイオマスからリグニンを抽出して生分解性プラスチックをつくる、または家畜の糞尿からメタンガス発電をする、といった単一の利用には限界があります。既存の生活や産業と絡め、カスケード的な事業設計にするのです。例えばヒノキの間伐材は、まずチップ化し、機能性の畳を販売する。次に、シロアリのセルラーゼを活用して有用物質を生成する。さらにその次に、バイオマス・エネルギー化をする。更にまた次に、バイオテクノロジーによる有用バイオマスの作出を、といったように、コストとエネルギーをむだにかけずに、既存の生活や産業と融合するかたちで、二次利用、三次利用して付加価値をつけていくことです。

生物の37億年という進化の過程で安全性と機能が確認されている「時を経た技術」に学び活用する。これらの取組は、生物界に存在しない化学物質を新たに作らない、生命地域主義の循環になかったグローバル資源を安易に持ち込まない社会の形成にも貢献できるはずです。

(インタビュアー 小林一紀)

※本インタビューはJFSのニュースレターにも同じ内容を掲載しております。

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