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環境問題を取り巻くビジネスと消費の関係

ダイワJFS・青少年サステナビリティ・カレッジ 第4期・第7回講義録

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粟野美佳子氏
WWFジャパン 自然保護室生物多様性条約担当

1990年よりWWFジャパン職員。パンダマークのライセンス事業や、チャリティイベント・募金キャンペーンなど、活動資金の調達業務を皮切りに、CO2減量大作戦やグリーン電力推進イベントなど、ライフスタイルに関する企画も手がけ、最近まで企業とのパートナーシップ事業を主に担当。2010年に名古屋で開催される生物多様性条約会議に向け、2009年7月より現職。

◆講義録

DPSIRサイクルの基本に消費がある

環境問題と暮らしのつながりを考える上で、まずDPSIRというコンセプトを紹介したい。これは1980年代ごろからヨーロッパの環境省が使い始めたものだ。

DはDriving Forceのことで、日本語では「推進力」と訳すことが多い。環境問題におけるDriving Forceとは、単純に言えば消費活動のことだ。例えば、人間が地上に現れるまで、畑や水田などなかったことは明らかで、人間は農業を営むために森林や湿地を改変してきた。もっと大規模なところでは鉱山開発がある。パプアニューギニアで4,000メートル級の金鉱山の山頂がガサッと削り取られているが、それは衛星写真でも分かるほどだ。こうしたことを考えると、消費というのは自然環境に対する猛烈なDriving Forceであるといえる。

このDrive Forceは次にPressure「圧力」を呼ぶ。自然環境に対する直接的な影響、いわゆる自然環境破壊がPressureのいい例だ。農業のために森を畑に変えれば、そこに住んでいた動物たちの生息地はなくなってしまう。その場合、農業というDriving Forceが生息地の消失というPressureを招いたことになる。

侵入種の問題もPressureといえる。物資の輸送の際に、荷物の隙間に虫や植物の種が混入して日本に広まってしまう例もあれば、ウシガエルなど、養殖のために意図的に持ち込まれるものもある。

こういうPressureを受けると、具体的には種の減少というState「状態」になる。トキが絶滅の危機に瀕しているのは、乱獲だけでなく、水田における農薬利用が原因の一つだといわれている。これもやはり、私たちの消費の結果だ。

ときどき、「絶滅して何が悪いのか?」という声を聞く。「恐竜だって絶滅したじゃないか」と。絶滅自体が問題なのではなく、それが「生態系サービス」の劣化というImpact「インパクト」をもたらすことが問題なのだ。生態系サービスとは、地球が私たち人間に提供するさまざまな便益のことだ。水や木材などの供給サービス、気候を調整するサービス、森林浴を楽しむ文化的サービスなど、こうした生態系サービスが今、どんどん貧弱になってきているという問題がある。

ではどうすればいいのか。それがResponse「対策」だ。環境問題を解決するために、例えば「消費行動をどう変えていけばいいのか」など、またDriving Forceの話に戻っていく。

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リアリティを感じられないグローバル化した社会

今日ほど世界がグローバル化してしまうと、地球規模の環境問題にリアリティを感じることなどとても無理な話だ。江戸時代は循環型の社会だった、などとよく言われるが、あれは大方のことが目の前で起こるようなスケールの社会だからこそできたことだ。

Circle of Concern(自分の関心)とCircle of Influence(自分の及ぼす影響)という言葉を聞いたことがあるだろうか。たいていの人は、Circle of Concernのほうが、Circle of Influenceより大きいはずだ。「本当はもっとこうしたいのに」と思っても、自分が影響を与えられるのは、せいぜい友だちと家族ぐらいしかなく、フラストレーションがたまるばかり、という状況だ。ところが、環境問題に関してはこれが逆転してしまう。地球の裏側から運ばれる食材を食べることが日常的な社会では、自分が思っている以上に、一人ひとりが地球環境に影響を与えてしまうのだ。

さらに日本人にとって難しいのは、本当の意味で「第三セクター」と言えるものが日本には存在していないことだ。ある大学の先生の説明に、なるほどと思ったことがある。これは明治維新の新政府が、「社会の問題は政府に任せて、あなた方は経済活動にいそしんでいればよいのだ」という考えを、教育制度を通じて植えつけてきた結果だ、というのだ。欧米では、政府や企業と並んで市民セクターが活発だが、日本ではそれがここ百数十年の間にすっと消えていった、という特徴がある。

もう一つ、これと関連する日本的な課題として、「個人」というものが日本ではまだ確立されていないのだと思う。私は一時期フランスに滞在していたのだが、フランス人の意識では、彼らは権利と義務という関係で社会と対峙していると考えている。だから個人と社会の間に常に緊張関係がある。一方で日本は、「村八分」という言葉にも表れているように、社会と自分を分けないことに価値を置いてきた社会だ。共同体と対峙するという精神構造を持たないところに、社会に対する「個人」という概念は存在しないのだろう。


コストベネフィットが左右する

では、そういう日本社会で、消費を変えているのは誰だろうか。企業だ。基本的には企業が全市場をつくり出している。例えばトヨタのプリウスが発売される前に、「ハイブリッドカーが絶対いい」と声を上げた消費者がいただろうか。あれはトヨタが自らマーケティングして売り出したものだ。

企業にとって、「環境」は新しい市場の一つだ。プリウスが今、リコールで騒がれているが、だからといって、今プリウスに乗っている人が普通のガソリン車に乗り換えるとは思えない。ロイヤリティの高い顧客の囲い込みに成功しているのだ。いまでは他社もハイブリッドを出しているにもかかわらず、差別化の点でプリウスにはかなわない。

さらに、環境問題は企業にとって存続条件でもある。その一つは資源確保の視点だ。例えば、コカ・コーラは気候変動に熱心に取り組んでいる。気候変動による水循環の変化で、自社工場がある地域に十分な雨が降らなくなると、操業できなくなるためだ。また、原料となる甘味料のサトウキビは大量の水を必要とする作物だが、どこまで少ない水量で栽培できるかという点についても真剣に取り組んでいる。

存続条件のもう一つの側面はリスク・マネジメントだ。2001年にソニーのプレイステーションがヨーロッパで急きょ発売停止になったのを覚えているだろうか。製品に混入していた化学物質がヨーロッパの規制に引っかかったのだ。当時の日本には、該当する規制がなかったためチェックしきれなかったのだろう。何とか立て直しを図ったが、相当大きなダメージとなったはずだ。

つまり、法令遵守だけでは十分ではないということだ。そもそも法令は、将来発生しそうなことはカバーしていない。法令をつくるにも2年ぐらいはかかるため、問題が起きて法令をつくって企業が遵守し始める、ということをしていては、環境問題に対応できないのだ。

次に消費者の視点で考えてみよう。消費者にとってはコストベネフィットがとても重要になる。例えば、家電のエコポイントに関心を示すのは、「環境にいいから」だろうか。「お得だから」ではないか。あるいは、500mlのミネラルウォーターが1本300円だったら買う人はいるだろうか。おそらくいないだろう。300円に対してベネフィットが見合わないと思うからだ。アンケートを取ると「多少高くても環境にいいものを買う」と答えるような人でも、実際に商品を選ぶときには、値段で選んでしまうのではないか。

だが、ベネフィットとは金銭的なことばかりとは限らない。例えばブランド物が高くても売れるのは、ブランドというステータスをベネフィットと見なすからだ。プリウスにしても、今のようにガソリンが高くなると金銭的ベネフィットも大きいが、もっと以前に購入した人にとっては、プリウスに乗ること自体にステータスを感じていたはずだ。

金銭的にしても非金銭的にしても、環境問題と消費行動を考える際、環境にいい要素をベネフィットだと感じるかどうかが重要だ。そうした要素が、自分の精神的な満足の中でどれだけの地位を占めているだろうか。「環境が大切」と言いつつ、Driving Forceである消費の場面で、どれだけ意識しているかを問う必要があるだろう。


企業・消費者間のコミュニケーション

日本の消費者は、良くも悪くも企業への信頼感が高い。ヨーロッパでは、企業はあまり信用されていないためNGOと組みたがるが、日本の場合は、消費者が企業のマーケティングにものすごく好意的に反応する。それは必ずしも悪いことではないだろう。企業には、それだけのポテンシャルがあるとも考えられるからだ。だから企業が消費者ともっと真剣にコミュニケーションを取るようになると、いい方向に変わるかもしれない。

近ごろ、「生物多様性で何をすればいいかわからない」という企業の声をよく聞くようになった。確かに生物多様性には、温暖化対策におけるCO2削減のような分かりやすい指標がない。生物多様性に限らず、環境問題はものすごく幅が広く、次から次へと新たな問題が出てくるため、コミュニケーションが少し難しいかもしれない。環境への取り組みに関して、「○○が達成できました」と言えるときはおそらく永遠に来ないので、「この問題に今、こうやって取り組んでいて、ここまで進んでいます」という具合に、途中経過を見せるしかないだろう。つまり、「結果」ではなく「プロセス」のコミュニケーションを取るしかない。

プロセスを重視すれば、そこに消費者が関与する余地が生まれる。例えば商品開発で自分の意見が採り入れられたら、何となくその商品に愛着が出ると思う。それと同じで、環境問題に関するコミュニケーションでも、自分の声を聞いてくれたと思えば、消費者はその企業に好感を抱く。企業から見れば、ロイヤリティの高い顧客を獲得できることになる。

ただし、ここで注意したいのは、消費者のほうは企業の言うことを鵜呑みにしてはいけないということだ。皆さんは、「植物性油脂」という言葉から何を連想するだろうか。洗剤のコマーシャルで「環境に配慮して植物性油脂に変わりました」と言われると、「石油系に比べると確かに環境によさそう」と思わないだろうか。

数年前にこれが問題になったことがある。洗剤メーカーは「原材料にパームオイルを使用して環境にやさしい」とPRしたのだが、マレーシアなどその原産地では、非常に大規模な熱帯林の破壊がそのために起こっている。それに対して複数のNGOから、消費者に誤解を与えるものだとして批判の声があがったのだ。このように、企業が言うことを鵜呑みにするのは確かにリスクがある。消費者一人ひとりが、見る目を持っていなければならない。その上で、企業と消費者のコミュニケーションが進めば、ビジネスと消費の関係が、少しでも環境にいい方向に動いていくのではないかと思う。


「私が考えるサステナブルな社会」

無限に成長を続ける生物は地球上に存在しません。ところが現代の経済や企業活動では、成長は無限に続くことが前提になっています。この幻想から脱却し、「地球の容量に限界があるのだから、経済成長にも限界がある」と、パラダイムを転換し、そこでのビジネスモデルをいち早く築いた企業が市場のリーダーとなる日が、すぐそこまで来ているのではないでしょうか。


「次世代へのメッセージ」

よく「私に出来ることを教えてほしい」と言われるが、あなたに何が出来るかは、あなたにしか分からないし、あなたしか決められません。教わってやり始めたことは、自分でやりたいと思って始めたことのようには続きません。あふれかえっている情報の中から、他人がどう言おうと、自分として思い入れが持てる活動を選び出す、それこそが「個人に出来ること」です。


◆受講生の講義レポートから

「今まで『企業=悪』というイメージがどうしてもあったのですが、今日の講義で少し変わりました。企業の目的が何なのか、今度からそこを見ていこうと思います」

「安いパーム油のチョコレートをつくるのは企業だけど、それを欲しがっているのは消費者だし、消費者一人ひとりが変わらないと解決は難しいのかなと思いました」

「企業や政府がリードしたり、うまくブームをつくったりと、日本の文化・習慣に合わせたマーケティングが必要なのだと改めて気づきました」

「当事者意識が欠けていることが、環境その他の社会問題の最大の難点だと思っていましたが、その点についてクリアになりました」


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