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下町発!中小企業×NPO×自治体の協業で地域再生

ダイワJFS・青少年サステナビリティ・カレッジ 第4期・第10回講義録

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久米信行氏
久米繊維工業株式会社 代表取締役

イマジニアで株式ゲーム、日興証券で相続診断システムを開発後、家業の三代目となる。日経インターネットアワード、IT経営百選最優秀賞、東商勇気ある経営大賞特別賞受賞。現在第二創業に邁進、環境に配慮した日本でこそ創りえる久米繊維謹製Tシャツを世に問う。明治大学商学部講師。NPO法人CANPANセンター理事、(社)墨田区観光協会理事、東京商工会議所観光委員。著書に『すぐやる!技術』『認められる!技術』『ブログ道』など。

◆講義録

国産Tシャツメーカーは絶滅寸前?

私たちの久米繊維工業は1935年に創業し、日本で最初にTシャツをつくったメーカーだ。久米繊維のある墨田区は大田区と並んで町工場が多いが、そうした町工場が今、次々と姿を消しつつある。まさに土砂降りのように安い海外製品が入ってきているためで、全国の繊維産地も同じような状況だ。日本中どこに行ってもバイパス沿いに同じチェーン店が並んでいる。地元の百貨店さんや用品店さんなど、私たちの昔からのお客さんもずいぶん倒産してしまった。

日本はすばらしい紡績技術を持っているのだが、私たちの川上にあたる素材をつくる方が廃業しつつあるのが一番困る。葛飾区にはたくさん染色工場があったのだが、今は1つも残っていない。糸をつくってくれる人がいなくなった時点で、私たちはもう廃業しなくてはいけないという状況にある。

かつて証券会社に勤めていた私は、バブルの崩壊後に父の会社に戻ってきた。本格的に私が経営者になったのは5年前。これから第二創業をしようと日々チャレンジしているところだ。

生き残るために何かしなくてはと1996年からネット通販を始めた。しかし既存の商品をただ並べればいいわけではない。同じものなら一番安いところで買うのがネット通販だからだ。脱下請けをしてオンリーワンにならなければと思った。

多分これからは、どんな商品にも無線タグのようなものが付いて、その商品に携帯などを近づけるとつくり手の情報が分かるようになると思う。たった1枚のTシャツでも、多くの人が苦労して、いろいろな思いを込めてできていることが分かると、大切に着るようになるだろう。

つまり、中小企業や個人にさえブランディングが求められる時代になる。そのとき大切なのは限定性だ。コンビニに行けば誰でも買えるものにはありがたみがない。どんな商品にもストーリーが語られる必要があるのだ。

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そうはいっても、やはり中小企業が1社でブランディングするのは難しい。従業員は少なく、知名度も資金も限られている。そこでコラボレーションが重要になってくる。

そのために私たちが取り組んでいる7つの挑戦についてお話ししたい。「温故知新」の高品質回帰、地球にやさしい素材と電力、心温まるアートイベントの開催、NGO/NPOとの協働、日本の心を表現するクリエーターとの共創、ICTの徹底活用、地域企業のコラボレーションによる世界向けの発信の7つだ。この中からいくつか具体的に紹介しよう。


1万円のTシャツが売れるワケ

まず、古きをたずねて新しきを知る「温故知新」のブランディングだ。第二創業期にあたり、日本で最初にTシャツをつくったメーカーだからこそできる、究極のTシャツをつくろうと考えた。

そんなときある通販会社から、本物がわかるシニアのお客さん向けに「1枚1万円のTシャツをつくりましょう」という声がかかった。価格破壊がとっくに進んでいるときなので、「1万円もするTシャツが売れるだろうか」と思っていたのだが、取りかかってみると職人も燃えてきて、素材メーカーも、この十何年間使っていなかったという特別な糸を持ってきて、とうとう1枚1万円もする無地のTシャツができあがった。

おかげさまでこの商品はコンスタントに売れている。途中からこだわりすぎて1万1,000円に値上げしたにもかかわらずだ。いいものをつくっていると、いいお客さんが付くことが分かった。いいものをつくって長く使ってもらうとか、品質のわかる人にだけ買ってもらうという考え方も、これからのビジネスには必要だと思う。


和綿復活プロジェクト

次の挑戦は、なるべく地球にやさしい素材と電力で商品をつくるという点だ。綿製品が世界で一番農薬を使っていることを知っているだろうか。私も初めて知ったときはショックを受けた。日本に綿花畑がなくなったために、気がつかなかっただけだったのだ。

農薬を使わず、地球にやさしい素材を使おうと思っても、その分あまり値が張ると買ってもらえないかもしれない。食べ物と違ってTシャツの場合、残留農薬は製造工程でほぼなくなってしまうため、オーガニックであることが自分の利益と感じにくい点も難しい。

そこで、アートの力を借りてオーガニックコットンを広めようと思いついた。世界のアーティストに呼びかけると、デザインを提供してくれる人が何人も現れて活動に弾みがついた。環境問題にしてもほかの社会問題にしても、アーティストの方はすごく反応が早くて賛同者になってくれることが多い。

次にグリーン電力だ。千葉にある久米繊維の工場でミシンを動かしている電力は、長野県飯田市の「おひさま太陽光発電所」でつくられている。市民出資でお金を集め、幼稚園や保育園の屋根に発電装置をつくって、そこの電力を賄うと同時に売電している仕組みを利用しているのだ。こういう仕組みは日本各地に起こっていて、太陽光発電だけなく風力発電もある。本当は下町でつくった電力を使いたいが、まだそういう仕組みがないため、今は「おひさま太陽光発電所」など、ほかの地域でつくられた自然エネルギーを利用している。

環境に関して私の考え方が変わるきっかけになったのは、ある農家の方との出会いだ。その方は、渡良瀬川流域で自然農法に取り組む町田さんという人だ。町田さんは、今はほとんどなくなってしまった和綿を、たった40粒の種から復活させようというプロジェクトを始めて、私も参加させてもらっている。採算性が合わないプロジェクトだから、エコツアーで仲間を募り、みんなで種を1つずつポットに入れるところから始めたのだ。

綿の収穫時、ふつうは農薬をたくさん使って邪魔な葉っぱを落としてしまうが、私たちはそれが嫌なので、葉っぱが付いたまま手作業で収穫している。収穫された綿を天日に干すと、1週間ぐらいでフワフワになる。その後、ローラーのような機械を使って種と綿を分け、紡績屋さんに頼んで糸にしてもらい、最終的に生地になる。

ここからが私たち久米繊維の仕事だ。グリーン電力を使い、40粒の種が4~5年かけて90枚のTシャツになった。アル・ゴア元副大統領が提唱するLive Earthの公式Tシャツにもなり、坂本龍一さんや絢香さんがサインをしてくれて、世界で1枚しかないTシャツができた。それを何とか渡良瀬の里山再生の資金源にしたいと、ヤフーのチャリティーオークションに出したところ70万で落札された。ほかの人には大して意味がなくても、自分に価値があると思えばおカネを出す人がいる。これが21世紀型のビジネスだ。モノがあふれている時代に、ただのモノでは誰も欲しがらない。そのモノがどういう思いでつくられたのかというコトが大切だということが分かった。


ネット時代だからこそ必要な現場感覚

ICTの活用に関しては、インターネットなどのツールが10年前と様変わりしている。ブログを書こうが、ツイッターでつぶやこうが、ユーストリームで放送しようが、ほとんどが無料というすごい時代になっている。信じられないくらい恵まれた時代に生まれた皆さんは、こうしたツールをどれぐらい活用しているだろうか。

証券会社勤務時代、私の上司が伝説のトップセールスマンと言われる人だった。その人がいつも言っていたのが、「これから売り込みたい人の好きな本や映画、食べ物など、個人的な好みがわかったら、営業は半分以上終わったのと同じだよ」ということだった。当時はそれが難しいから、何度も接待ゴルフをしたり、まず受付嬢や秘書官と親しくなる、といった手順を踏んでいたわけだ。ところが今は、例えば私のブログを見てもらったら、そうした個人的なことも5分でわかる。

今やICTはいつでも誰でも使える道具だ。ただしこうした道具も、通り一遍の使い方をしていいては周りと同じ結果しか出せない。大切なのは、使う人の知・情・意の力だ。

例えば「知」について言えば、ネット上にある情報はほとんど知識とは呼べない。先ほどの町田さんのような達人と一緒に畑を耕すといった具合に、現場に行かないといけない。多くの人は、これが圧倒的に欠けていると思う。


100年後にも生きる地域のブランディング

最後に地元の話をしたい。墨田区は観光にほとんど力を入れてこなかったのだが、今、スカイツリーが建設中で、何かが起こりそうな予感がしている。これが最初で最後のチャンスかもしれないと誰もが思っている。そこで、私も発起人の1人となって墨田区観光協会という一般社団法人をつくった。墨田ブランドをつくろうと思っているのだ。

好きなものを1年間ネット行商しようという授業を明治大学でやっているが、好きなものがないという学生が多い。残念なことだが、おそらく8割の人は何かをあきらめていて、こだわりというものがない。でも2割の人は違う。おじいさんやおばあさんがいい趣味を持っているとか、お父さんやお母さんがオタクだったりして、その影響で自分の好きなものを持っている。オタクは日本の宝だ。そういう人にウケるものをつくっていると、外国人にも喜ばれることが多い。中小企業は、マスに目を向けるのをやめたほうがいいと思う。

観光協会を始めて驚いたのは、墨田区の職人はカッコいい人ばかりということだ。でも彼らの写真がない。そこで写真好きのシニアが集まるNPOに「職人ツアーやりませんか」と呼びかけたところ、あっという間に満員になった。70歳近いようなおじいさんが、本格的なズームレンズを持って街中を回ってくれた。「どうせ後継者もいなし、俺たちの代で終わりだよ」という姿勢だった職人さんたちも、カメラを向けられると背筋が段々伸びてきて、とてもステキな写真が撮れた。

特に私がやりたいのはスカイツリーに魂を入れることだ。昔から日本人は、シンボルとなる建物をつくるときには瓦に名前を入れてきた。スカイツリーでも、100年後の子孫に残すメッセージをプレートに刻んだり、自分の絵を寄付して飾ってもらう仕組みにして、みんなの魂を入れるのだ。完成後に遊びに来た観光客も参加できるように、神社に参拝したときに貼るような千社札を展望台にでも貼れるようにすれば、また10年後に見に行きたくなるだろう。

このように、日本でこそつくり得るTシャツを世界へ、未来の子どもたちへ残すという事業を行いつつ、地域の人と一緒に墨田区をよくしよう、そして墨田でできたモデルをオープンソース型で日本中に広めていこうと考えているところだ。


◆配布資料

「下町発!中小企業×NPO×自治体の協業で地域再生」(PDFファイル 約1.31MB)


「私が考えるサステナブルな社会」

安価な海外製品に押されて国産Tシャツメーカーは「絶滅危惧種」。でも日本だからこそつくれるTシャツを世界へ、未来の子どもたちへ残すというオンリーワンの事業を目指しつつ、地域の人と一緒に地元・墨田区を盛り上げ、墨田モデルをオープンソース型で日本中に広めていきたいと考えています。


「次世代へのメッセージ」

日本で今一番欠けているのは「何かやらなくては!」という意志の力です。近ごろの人は情が薄い。すごいと思う人を見つけたら、勝手に「師匠」と思って食いついていけばいい。そして現場に身を置いてください。ネット上の知識は本物の「知」ではありません。ICTなど便利な世の中だからこそ、「知・情・意」の力が大切です。


◆受講生の講義レポートから

「あらゆることに興味を持ち、あらゆる人に出会ってみたいと思いました」

「久米さんは小さな経験の中にも感動を見いだし、心を動かされる方だという印象を受けました。私もドキドキする気持ちや何かに夢中になる気持ち、感謝の気持ちを大切にしたいと思いました」

「『いいモノにはいいお客さまが集まる』という体験談がとても印象的でした。情報があふれる中で、どうしても大量に出回っているものが目についてしまいますが、自分の肌で感じていないものばかりを追うのは何だか滑稽ですね」

「Tシャツの素材のことを考えるなんて、お金のかかるエコが逆にビジネスになるなんて、私の思っていた『常識』が覆されたような感覚です」


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