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若い力で地域の課題に取り組む

ダイワJFS・青少年サステナビリティ・カレッジ 第2期・第12回講義録

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広石拓司(ひろいし たくじ)
株式会社エンパブリック代表取締役、NPO法人ETIC.シニア・フェロー

三和総研を経て2001年よりNPO法人ETIC.に参画。「チャレンジ・コミュニティ創成プロジェクト」など、地域を活性化する社会起業家の育成に取り組む。2008年5月、株式会社エンパブリックを設立。社会活動を充実させる資源発掘、人材育成、仕組みづくり、運営支援をトータルにサポートし、市民社会のバリュー・チェーン構築に挑戦中。

◆講義録

今日は、社会起業家と言われる人たちが、どういうふうに地域や事業を見ているのかということを、皆さんと一緒に考えていけたらと思う。ETIC.という団体で、社会起業家の支援や、地方都市でのインターンシップのコーディネーターの育成をする中で、いろいろな地方都市でチャンレンジしている若い人たちを見てきた。彼らがなぜ地方を選んだのか、何を大切だと考えているのか、皆さん自身が新しいプロジェクトを立ち上げたり、新しい活動に参加していくときの参考になりそうな話を紹介したい。

社会起業家とは?

「社会起業家ってそういうものか」と実感したのは、アンドリュー・モーソンさんという人の話を知ったときだった。モーソンさんは、イギリス・ロンドンのブロムリ・バイ・ボウという地区の牧師で、彼が赴任した1980年ごろ、そこは極貧の疎外されたスラム街だった。

その地区で1993年、35歳のジーン・バエルズさんという女性がガンで亡くなった。以前から明らかに体調が悪いことを、周りの人も本人も知っていたが、2人の幼い子供を抱えるシングルマザーである彼女は、仕事を辞められなかった。ついに倒れて病院に運ばれて亡くなったのだが、そこでのケアもひどいものだった。

「ガーディアン」紙の記者が、たまたまこの話を取材して、イギリスは、以前は「揺りかごから墓場まで」といわれる、福祉が整っている国のはずなのに、こういうひどい状況があるとコラムに書き、話題になった。

そこで地区の行政やチャリティー団体の関係者が集まって、なぜこういうことが起きたのか話し始めた。すると、一人ひとりには、ジーンさんを何とか助けたいという思いがあったことが分かった。何かしらしてあげていたことも分かった。「彼女には生活保護が必要だと思って書類をあげた。それなのに行政は動かなかった」、「無料の医療を受けるための書類が上がってきたけど、サインが足りなかったから、『ここにサインしてね』と送り返した」など、自分はやることをやったのに、ほかの人が動いてくれなかった、という議論になっていった。

この話を聞いていたモーソンさんはハッとした。「実は、ここにいる人たち全員、誰もジーンの友だちじゃなかったんじゃないか」と。例えば、自分の娘が生活保護を申請して、1週間たっても何も返事がなければ問い合わせるだろう。サインが足りなければ、「ここにサインしてよ」と書類を持っていくこともできたはずだ。自分の業務範囲を超えてまでフォローし続けたり、踏み込んだりする人が誰もいなかったのだ。

イギリスには福祉やチャリティーの制度がないわけではない。ただし、「その人のために動こう」という、おせっかいな部分が抜けているのではないか、とモーソンさんは考えた。そこで彼は、地域に住む人のための場所をつくろうと、「あなたは何に困っていますか?」「あなたは何ができますか?」と、住民全員に聞いて回った。

例えば「保育園では朝9時から夕方5時までしか預かってくれない。でも私はパブで働いているから、むしろ夕方から明け方の3時ぐらいまで預かってほしい」という人がいる。一方で、「私は病気のお母さんがいるから、日中の仕事はできない。夜に家でできる仕事を探している」という人がいれば、もしかしたら、夜中に働く人の子供を預かってあげられるかもしれない。

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そうやって、地域の人たちが困っていることと、提供できることを丁寧に結び付ければ、地域に少しずつお金が回る仕組みができることを、モーソンさんは発見したわけだ。10年ぐらいたった今では、125人の雇用が生まれるほどのサービスに発展した。

眠っていた資源を掘り起こす

今度は日本の例を見てみよう。

「生活バスよっかいち」という、三重県でコミュニティバスを運営しているNPOがある。ほとんどのコミュニティバスが行政の全面的な支援で動いているのに対し、ここは自力で運営している珍しい例だ。もともと三重交通という民間企業がバスを走らせていたのだが、採算が合わずに止めてしまった。それをバス運営の素人が再生できたのはなぜだろうか。

このNPOでは、「誰もバスなんて使わないよ」という言葉にひっかかって、徹底的にアンケートを取り始めた。すると、バスに乗りたい人はいた。郊外都市だから、自動車を運転しない独り暮らしの高齢者にはバスが必要なことが分かった。そこで、とにかくお客さんが乗りたい場所と行きたい場所をつなごうと考えて、独り暮らし高齢者の住まいを徹底的にマッピングし、スーパーや病院、パン屋さんや社会保険病院とか、高齢者がよく行くところを結んで、それまでとはまったく違う路線図ができあがった。

お年寄りの人が病院に行く目的の半分は、待合室でのおしゃべりだ。でも、当然ながら違う病院に通っている人とは話す機会がなかった。ところがこのバスに乗ると、ほかの病院に通っている人とも会話が生まれ、楽しくなってくる。今ではバスの中にカラオケまで付いていて、単なる移動手段を超えて、独り暮らしの人同士が一緒に過ごす時間を大切にできる場所になっていった。

そうは言っても、一人100円程度の運賃では、なかなか採算は取れない。スポンサーが必要だ。以前は、病院もパン屋さんも、「うちにはバスに乗って来る人はいませんから」と、断られていたという。ところが新しい路線になり、店のまん前にバスが停まると、そこで降りたお年寄りが店に来る。「あなたのお店に来るのにバスが必要な人がいるのです」と、NPOの人たちは説得していった。

単に「地域活性化だから」では、多分誰もスポンサーにはなってくれなかっただろう。このバスが必要だということが具体的に分かって初めて協力しようという気になる。そうやって、スポンサーが集まり始めて、このバスは運営ができるようになったわけだ。

行政や一般的なビジネスでは、誰にでも便利なサービスを、と平均点を取ろうとしがちだ。でも、そのサービスを本当に必要としている人は誰か、徹底的にこだわるとニッチ市場が見えてくる。具体的に成果が見えれば、スポンサーも増えてくる。

世の中にはさまざまな社会支援や、応援してもいいという人たちがいるのに、具体的な人の顔が見えないとニーズと結び付けられない。一人ひとりの姿を見せることによって、使われていなかった資源が有効に活用され始める。そういうことがとても大切で、先ほどのモーソンさんの話と共通する部分だ。

「挑戦縁」が結ぶ、地域と若者の出会い

徳島県上勝町ということころに「ゼロ・ウェイスト」という取り組みがある。山村の上勝町からごみを出そうと思ったら、海のほうの焼却場まで運ばないといけないため、相当なコストがかかる。そこで、「この地域からはごみを出しません」と、ゼロ・ウェイスト宣言をした。

そう決めたはいいが誰がやるのか、というときに、松岡さんという若い女性が現れた。彼女は、環境問題を北欧の大学院で研究して帰国したが、日本では学んだことを実践できる場所がなさそうだと困っていたところに、上勝町の話を聞き、ビジョンに共感して飛び込んでいった。今は「ゼロ・ウェイスト・アカデミー」の事務局長を務めている。

「うちの町でも若い人手が欲しい」という農村や地方都市の声をよく聞くが、そこに入っていく若い人は、必ずしも地域を助けるために行くわけではない。むしろ自分自身の夢や目標があって、その舞台を提供してくれる場所に飛び込んで行ったわけだ。それを僕は「挑戦縁」と呼んでいる。

例えば、「自分自身も先輩にチャンスをもらってできたから次は誰かを助けたい」とか、「チャレンジしたい人がいるなら、うちの店でやってもらってもいいよ」という人はいるのだが、どこにいるのかは分からない。そこで、こういったつながりをつくるために、ETIC.では「チャレンジ・コミュニティ・プロジェクト」を始めた。

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農村や地方都市も、丁寧に見ていくと、新しいことをやりたい人や、新しい事業を生み出したい人たちは大勢いる。なかには、若い人のパワーとか情熱とか、プログラミングなど若い人が得意なスキルが必要な人もいるかもしれない。そういう人同士が出会い、一緒に働ける機会をつくるのは、地域にとっても若い人にとっても意味があるだろうと思って取り組んでいる。

新しい一歩を踏み出すために

これから皆さんがいろいろな取り組みをするために、ぜひ知ってもらうといいと思うことをお伝えしたい。

新しい何かに動きだすために、まず「こういうふうになりたい」というもの、つまり自分のテーマを見つけてほしい。「本当にやりたいことが見つからなくて、動けません」と言う人が多いが、本当の正解は、動いてはじめて見えることがある。大切なのは、仮でもいいから「これが自分のテーマかな」と思うことを考えて、それに向けてアクションを起こしてみること。ダメだったら変えていけばいい。

海外では、社会起業家の役割の1つに「address the problem」があると言われる。問題は、誰かが問題だと言ったときに、初めて問題として認識されることがあるものだ。

例えば、「フローレンス」という病児保育に取り組むNPOがある。子供が病気になると保育園で預かってもらえないことが多いが、その日、お母さんは勤務先で大事なプレゼンがあるのかもしれない。以前は「仕方がないよね」と見過ごされていたが、フローレンス代表理事の駒崎さんという人が「それは問題なんだ」と言い始めた。「子供が病気になったからといって、仕事のチャンスを逃す社会はおかしいんじゃないか」と指摘し始めたのだ。こうして病児保育の問題があることに多くの人が気づきはじめた。

世の中には「あれ?」と思うことがまだまだある。そういうことを、ぜひ友だちと話してみてほしい。意外に同じように感じている人がいたり、背景にある問題について議論が始まるかもしれない。誰かが言い出さないと、社会の中にある問題は問題にならないということを、ぜひ覚えておいてほしい。

人の中にある知恵やアイデア、経験は、そのままでは他人には使えない。いいアイデアを持っていても、表に出さないと使えないままだ。皆さんの中にもある、いろいろな思いや経験を、いろいろな場でほかの人に伝えてほしい。一人ひとりにすごい知恵や経験があるのに、自分の中だけに閉じ込めて、冷めた感じで見ていることが多くないだろうか。それを少しずつ持ち寄ることができれば、きっと社会は変わるだろうと思っていている。

人の知恵や経験からいいものを見つけ出して、ほかの人に使いやすい形に加工し広めていく。そういう仕組みをつくろうと、私はエンパブリック(empublic)という会社を立ち上げた。皆さんにも、できることがいくらでもあるはずだ。

◆配布資料

若者が地域のためにできること(PDFファイル 約758KB)


◆私が考える「サステナブルな社会」

世の中には、さまざまな社会支援や、応援してもいいという人たちがいるのに、それを必要としている人の具体的な顔が見えないとニーズと結び付けられません。地域の人たちが困っていることと、提供できることを丁寧に結び付けると、少しずつお金が回る仕組みができたり、使われていなかった資源が有効に活用される社会が生まれます。

◆次世代へのメッセージ

新しい何かに動きだすために、「こういうふうになりたい」という自分のテーマを見つけてください。「本当にやりたいこと」は、動いてはじめて見えてきます。仮でもいいから「これが自分のテーマかな」と思うことを考えて、それに向けてアクションを起こしてみること。ダメだったら変えていけばいい。

◆受講生の講義レポートから

「社会起業家とは、自分の持てる力と社会資源をつなげて、社会問題を解決するために働くコーディネーターなのだと気づきました。今までは、自分の力だけで解決するものだと思っていたので、考えが変わってよかったです」

「最初から正解は見つからないと頭では分かっていても、少ししか行動できてないなぁ、と反省する気持ちがあふれてきて切なくなりました。バネにしてがんばります」

「NPOは、困っている人を助けるために何かをしよう、というプロセスで生まれる活動だと思っていましたが、夢を追ったら人の役に立った、という流れが成功のカギだと分かりました」

「就職活動中は、働く目的を自己実現を中心に考えていましたが、別の角度から光を当てることができ、自分がした職業選択の意味をもう一度考えるきっかけになりました」

「心に刺さりました!」

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