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都市への人口集中とサステナビリティ

ダイワJFS・青少年サステナビリティ・カレッジ 第1期・第8回講義録

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花木啓祐(はなき けいすけ)
東京大学大学院工学系研究科都市工学専攻教授

東京大学にて、都市工学を専攻すると同時にサステイナビリティ学連携研究機構の教授を兼任。人の生活の質を高く保ち、環境への負荷が低いような社会や都市を、どのようにすれば作り出せるか、その解決をめざして研究を進めている。温暖化対策、廃棄物や物質フロー解析など、地球温暖化問題を基本として都市の物質代謝の問題に取り組んでいる。

◆講義録

私の専攻は本来都市工学だが、工場排水などひとつひとつの公害を解決することを考えていた時代とは違い、今は温暖化、廃棄物、技術など、あらゆる視点で見ていかないと、社会を変えることができない。地方と大都市の環境をどうするか、それぞれの地域でいかに循環型社会をつくっていくかなど、都市計画の領域ではあるが、同時に社会の問題でもある。今日はそうした視点で、都市に人口が集中することによって起きている問題、その解決の糸口について、日ごろの研究と取り組みの一端をお伝えしようと思う。

増加の一途をたどる世界の都市人口

世界的に都市人口が増えているが、中でもアジアの途上国でその傾向が著しい。1970年と2000年の全人口に占める都市人口の比率は、世界平均では35.9%から46.7%への増加なのに対し、アジアでは22.7%から37.1%と、より顕著な増加傾向を示している。たとえばインドでは、国全体の人口増に加えて都市人口の割合が、過去30年間で19.8%から27.7%へと大きく増えている。中国では、一人っ子政策のため、国全体としての人口増は少ないが、農村部から都市部への移動を制限しているにもかかわらず、都市部のみを見ると17.4%から35.8%へと2倍以上に増えている。

世界のメガシティと呼ばれる都市で、2000年からの15年間に、どれほどの人口増加が起こるかという予測を見てみよう。世界でもっとも大きな都市は東京圏(埼玉、神奈川、千葉なども含む)であるが、2000年には2640万人だったのが、2015年には2720万人になると予測されている。

これに対して、非常に大きな増加率が見込まれているのが、2000年時点で1250万人(世界9位)のバングラデッシュ・ダッカである。15年後には2倍近い2250万人となり、東京に次ぐ世界第二位のメガシティになるだろうと予測されている。インドのムンバイも、1610万人(5位)からダッカとほぼ同じ2260万人となり、世界3位となる見込みだ。この予測では、2015年のトップ10のうち7都市をアジアの都市が占め、アジア地域の都市で急激な人口増加が予測されていることを示している。

こうした急激な人口増加の問題点のひとつは、インフラ整備が追いつかないことだ。交通、上下水道の整備、廃棄物の処理など、どれも1年や2年でできるものではない。人口増のスピードが引き金となって、人々の暮らしに直接かかわる社会の仕組みが破綻してしまう。さらに、都市外縁部の無秩序化という問題も起こる。仕事を求めて都市にやってきたものの、いい仕事につけず、家賃も高く住めない人々が住居を不法占拠するなどしてスラム化が進むのも深刻な問題である。

日本の都市への集中

次に、日本国内での都市部への人口流入を見てみたい。1960年代、「集団就職列車」に乗って、地方から毎年65万もの若者が東京、大阪、名古屋という三大都市圏にやってきた。宇都宮市より大きい都市が毎年できていたようなものだ。東京オリンピック(1964年)前後の高度経済成長のまっただ中で進んだこの流れは、やがて都市部と地方の所得格差が減ってきたこともあり、オイルショックを迎えるころには収束した。

1970年代は、それぞれの地域で産業を育てる時代だったが、1980年代後半から90年代初頭にかけてのバブル景気の時期、東京だけは再び増加傾向を迎え、バブル崩壊でいったん歯止めがかかるものの、90年代後半から東京にだけ人口集中が続き、東京の「一人勝ち」である。競争が激しくなるにつれ、強いところがさらに強くなるという循環が生まれているのだろう。

地域間の所得格差を測るジニ係数を見ると、人口流入とほぼ同じトレンドをたどる。60年代やバブルのころは格差が広がり、その後一時狭まったものの、また最近広がりを見せているという状況である。2003年のデータでは、一人当たりの県民所得が最上位の東京と最下位の沖縄では2倍以上の開きがあるなど、国内でも大都市圏とその他の格差は小さくない。

国土計画と環境政策の連携―二地域居住

日本全体の人口が長期的な減少傾向を既に示している中で、東京圏だけに人口増加が続いているということは、中山間部の過疎化がますます進んでいることを示している。今後も、これまでどおり都市への集中がどこまで続くのか、あるいは農村部を含めて分散型に変わっていくのだろうか。どのような都市像が描けるものか、誰も理想的な解答を持っているわけではないが、いくつか提案されているものを紹介したい。

たとえば国土交通省では、国土形成計画の中で、都市部と非都市部の2カ所に居を構える二地域居住というアイデアを検討中である。かつて「環境=公害」と捉えられていたころは、環境は国土「開発」計画の留意事項に過ぎなかったが、いまや国土計画と環境政策の連携は欠かせないという認識に変わってきた。バイオマスなどの環境産業で地域を活性化できかないかと考える自治体が出てきており、うまく連携できれば国土形成の推進力になるだろう。

人々が描く「理想の居住地域」を調べた調査では、1998年から2001年の間に、都心から地方の市町村へと希望が移ったことが分かる。特に、50歳くらいからそう思う人の割合が増えている。東京で働いている人が定年後には、地方に移住したいという希望の現われだろう。

低炭素社会をめざす2050年のビジョン

もうひとつ、地球温暖化対策との関連から、将来の社会像を描いている例をとりあげよう。いかにCO2の排出を削減するかといった議論が盛んに行われているが、温暖化防止の目標だけを示しても説得力がない。ここでも将来の社会像を描くところがからスタートするべきだ。国立環境研究所では、「2050日本低炭素社会シナリオ」で、温室効果ガスを70%削減するための2つのビジョンを描いている。

ビジョンAは、都市型で個人を大切にする、活力のある便利で快適な社会である。リサイクル技術が進み、環境問題も技術で解決しようとする動きである。もう一方のビジョンBは、地方への分散型社会で、コミュニティを重視している。必要なものだけをできるだけ地産地消し、社会・文化的価値を尊ぶ社会である。

両ビジョンにはいい面だけでなく、好ましくない点もあるだろう。たとえば、ビジョンAでは、中山間地の人口は今より半減し、中規模以下の都市の活力も失われ、医療、上下水道といったインフラのサービス水準が低下する恐れがある。一方ビジョンBでは、日本だけが独立しているわけではないため、国際的な競争力という面で不利になり、日本全体の財政の問題が出てくる可能性もある。また、ゆとりというのは悪く言えばぬるま湯ともいえ、せっかく高い能力を身につけても、それを生かしきれない社会であるといえるのかもしれない。

ミニワークショップ 「2つのビジョンを参考に、将来のあるべき社会像を考えてみよう。」

会場からは、次のような意見があがった。


  • 若いうちは都市に住み、家庭を持ち、子どもができたら地方に、老後はまた都市に戻るなど、ライフサイクルのなかで、住む場所を選べるようにしたい。

  • ビジョンAとBの混合型がいいのではないか。過疎の進む地域に大学をつくって若者の力を借り、行政と住民が協力して地域の課題解決に当たってはどうか。

  • これからの少子高齢化の社会には、ビジョンBのほうが合っていると思う。女性や外国人の労働力を活用すれば、A並みのGDPもめざせるのではないか。

  • 新幹線などの移動コストや、情報・インフラのコストも極限まで小さくする施策を進め、全国どこでも「東京近郊」にできれば、地方に住むデメリットが減り、新たなモデルになるのでは?

  • 山間部に点在して住むとサービスが行き届かないので、ある程度は地方都市に集まって住むのがいいと思う。その上で、各地の中核都市に、学園都市、観光都市、産業都市などの特色を持たせてはどうか。



このままの状態で進めば、ビジョンAに近い形になるだろう。ビジョンBを実現するには、地方に住んでも十分な所得があり、生活の質が保たれ、活力あふれる地域にしなければならいない。

これまでは人口が増えていたので、なんとなく活力があるように錯覚してきたが、これからは、各地域の特色を出し、そこで暮らすのが楽しいということにならないと、それぞれの地域での生活の質が高まらないのではないか。ビジョンBが実現するよう努めながら、現実には人によってA的な暮らしを選ぶ場合とB的な暮らしを選ぶ場合が出てくるようになるのではないかと思う。

環境負荷と生活の質のトレードオフと両立

ここで注意すべきは、生活の質(QOL)を高めることと環境負荷とは、トレードオフの関係にあるということだ。街中の身近な例を考えてみよう。

駅にエレベーターを設置するなど、バリアフリー施設を設けることで、QOLが保障される人がいる一方で、階段だけの場合よりは電力を使うため、環境負荷は増えることになる。

あるいは、電車がどんどん来るのは便利だが、それ相応の負荷がかかっていることは間違いない。山手線のように、頻繁に運行していても大勢の利用客があれば一人当たりの負荷は比較的小さくて済むが、利用客が少ない場合は本数を減らさざるを得ないだろう。ところが、30分に1本しか来ないようでは、あまりに不便でクルマを使う人が増えてしまい、利便性が損なわれると同時に、別の形で環境負荷が生まれる。東京近郊ではつくば市がその例だ。

また、環境負荷の大小だけでは測れない、それぞれの地域の文化も生活の質には大切な要素だ。かつて求められていたのは、クルマを買って便利な生活をしたいなどという、いわば物理的なQOLだった。そのために環境負荷がどんどん増えてきた今、そして今後は精神的なQOLを求める傾向があり、これなら環境負荷は変わらない。だが、変わらないだけではCO2減らせないため、CO2削減に貢献する環境配慮型であることが付加価値になってきている。実際の街づくりでは、こうした視点が大切だ。

日本の将来の都市像とは

こうした点では他国にも参考になるようなお手本はなかなかない。各自の事例を知るのは有効だが、あるべき都市像は価値基準をどこに置くかで変わってくるため、ただ真似をするだけでは意味がないだろう。

日本各地の多様性を生かしつつ、活力あふれる地域をつくるにはどうしたらいいだろうか。本来それぞれの地域にはそれぞれの特色がある。普通に過ごすと気づかないが、まちづくりに参加して初めて気づくことも多い。そのプロセスがたいへん大事だ。今は、ごく一部の人しかまちづくりに参加していないが、自分のまちの活性化を考えること自体が地域の活性化につながる。その好循環が各地に生まれるといいのだろう。

「都市への人口集中」という講義だったが、あえて日本の人口減少に目を向けてみた。今の若い人が社会で活躍する2020~30年ごろまでにどういう手を打つかで、2050年の社会が決まってくるはずだ。いろいろな立場のさまざまな人と交流する中で、自分の意見を形成していってほしいと思う。新しい日本の姿を打ち出すことに貢献してくれるよう願っている。

◆配布資料(PDFファイル 約1.36MB)

◆私が考える「サステナブルな社会」

日本各地の多様性を生かしつつ、活力あふれる地域をつくるには、どうすればいいでしょうか。今はごく一部の人しかまちづくりに参加していませんが、普通に過ごすと気づかないことに、まちづくりにかかわることで初めて気づくことも多いものです。まちの活性化を考えること自体が地域の活性化につながる。その好循環が各地に生まれればと思います。

◆次世代へのメッセージ

今の若い人が社会で活躍する2020~30年ごろまでにどういう手を打つかで、2050年の社会が決まってくるはずです。いろいろな立場のさまざまな人と交流する中で、自分の意見を形成していってください。皆さんが、新しい日本の姿を打ち出すことに貢献してくれるよう願っています。

◆受講生の講義レポートから

「まちづくりをする上で、QOL(生活の質)など人々の生活にかかわることが重要だと気づかされました。ワークショップで、住民と行政がもっと近づくべきだ、といっていた人がいましたが、まさにそうだと思います」

「都市型の社会づくりが多くなりがちな世界情勢の中で、必ずしも移住を伴わないでも地方の活性化はできるのではないかと思っています」

「環境負荷の減少、インフラの整備といった、これまでに個々のテーマとして認識していたことが、つながったような気がします。ただし、インフラ整備が進んでも、全員に水が行渡るとは限らないなど、新たな驚きがありました」


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